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ママチャリを漕ぎ続け、セミロングの髪が額についた頃、高層ビルの谷間に見慣れた空間が現れた。
西園寺高等学校と銘打たれた二つの石柱に挟まれた正門を向けると広いキャンパスが眼前に広がった。
正門から校舎に繋がる通りには制服姿の生徒がまばらに歩いている。
両脇に並ぶ樹々からこぼれる陽射しが、駆け抜ける自転車を点滅させる。
そのまま自転車置き場にいくと見せかけて彼女はハンドルを左にきった。
段差を乗り越え豪快にグラウンドに侵入するとソフトボール部の掛け声が聞こえてきた。
「っと。」
部室棟に向かって進む彼女のスカートから軽やかなメロディが響いた。
ブレーキをかけて減速しながら携帯電話を取り出す。
自転車の横で携帯電話を操作する彼女のそばを「せいっおうっ」という掛け声をともに野球部の部員達が駆け抜けていく。
その中の何人かが、前髪を垂らして画面と向き合う彼女のことを振り向いたのが分かった。ぼうっとした顔でこちらを見つめる部員を先輩がすぐに「よそ見してんな。」と小突く。
「今週からテストなのになぁ・・・。」
ぽつりと不満を呟いて彼女ー桐条詩音は部室棟に向かって駆けだした。
部室棟の扉をあけると汗の畳の臭いが詩音を出迎えた。
詩音は少し息をのむと手前にある窓をあけた。突然ガラガラと練習室と準備室をしきっている粗末なドアが開いた。
「詩音先輩遅刻ですよ。」
胴着を着た長髪の少年が扉を閉めながら詩音に諭す。
詩音はわざとらしくムッとした表情を少年に見せると胴着の入った袋をつかんで更衣室に向かった。
「やれやれ」
少年は少し飽きれたように呟くと竹刀をかつぎ練習に戻った。
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