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同期の小林
新人研修の頃に同じ班に分けられたのをきっかけに、幸一と小林は仲を深めていった。端正な顔立ちながら、どこか影のある幸一とは対照的に、小林は根っからの体育会系。楽天的なアウトドア派だった。自分に足りないものを埋め合わせてくれる存在であるかのように、小林といると、気持ちが落ち着いた。黙っていても、勝手に喋ってくれるところも幸一にとっては心地よかった。幸運なことに、研修が終わって偶然同じ部署に配属され、ほとんど毎日こうして2人で食堂に来ている。同じ部署にもちろん同期はいるが、なんとなく一緒に食事することはほとんど無かった。
「西野、なあ西野ってば。」
小林に肩を叩かれ、幸一ははっと我に返った。
「あ、ああ。何……?」
自分の顔が青ざめているのが、自分でも分かった。
「顔色すごく悪いぞ。それに、ハンバーグ細かく切ってるだけで、さっきから全然食べてないし…俺の話も全然聞いてなさそうだし…。まだ体調治ってないんじゃないの?」
「あ、ああ…。いや、体調は大丈夫だよ…。」
そう言いながらも、赤い汁の滴る肉の塊を前にすると、食欲が失せていくのを感じた。小林の言う通り、自分でも気づかないうちにハンバーグを細切れにしていた。何故だか切り刻んだハンバーグを口に運ぶことができなかった。小林は心配を通り越して、どこか不気味なものを見るかのような目つきで、幸一の顔とプレートの上の肉塊の間で視線をいったりきたりさせている。
「…ごめん。何か今日は食欲無いわ。今日は俺、残そうかな…。」
「…そっか、まあ無理するなよ。俺ちょっと、ご飯お代わりしてくるな。」
2人の間に流れる気まずい沈黙をごまかすように、いそいそと食器を持って配膳台に急ぐ。小林が立ち上がった瞬間、幸一は言いようのない不安感に襲われた。小林が自分を見るあの目。何か、理解の範疇を超えたものを見るような目をしていた。自分の立っている地面が真っ二つに裂け自分を呑み込んでいくような気がした。食道はそこまで広くなく、ここからでも小林が大人数用の炊飯器を開けているのが見える。炊き上がった白米の匂いが数卓の長机を越えて、幸一の鼻腔に侵入した。
「うっ……。」
幸一は左手で鼻から口元までを覆い、身をかがめた。ガシャンと派手な音を立てて椅子がひっくり返り、他の社員も一斉にこちらを注視する。
「…おい、西野!!」
異変を察知した小林が配膳台に茶碗を置き、急いで幸一の元へと駆けつける。
「大丈夫かよ。やっぱり帰った方がいいって。何で急に倒れたりしたんだよ。」
胃酸が食道を上ってくる。唾液と胃の分泌物が混ざり合いさらなる吐き気を催してきた。
「匂いが……」
「は?」
「米の炊き上がる匂いが、気持ち悪くて…。」
小林はそれに応えることなく、幸一の脇に頭をくぐらせ、なんとか立ち上がった。
「とりあえず、医務室まで運ぶからな。」
「ああ。すまん…。」
幸一はたくましい小林の体に自分の体重をもたせかける。早く食堂から出たい。この肉汁と米の匂いの充満する牢獄から抜け出したい。
「ほらほら!見てるだけならどいてくんないかな!!」
小林が傍観する社員達を一喝して道を開けさせ、しっかりとした足取りで医務室まで幸一を運んでいった。
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