Noriyuki

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24時までピアノを弾く  なんと最高の環境! いつの時代の洗面器だろうか 唐草模様の陶器の洗面所で顔を洗い その前に掛けられた大きな古い鏡を見る 鏡の奥には 洗面所と廊下を仕切る 扉が映っている 扉の一部に嵌め込まれた擦りガラスは 鯉が池で泳いでいる模様だ 祖母の家にいるような懐かしさを感じる 鏡に映った その模様のあるガラスの向こうに 一瞬 人影を感じる やっぱり いる 「紀行さん もう寝ましょう」 怖いから むしろ 黙っていられない 怖いけど私は 紀行さんのベッドに入る 布団は新しく 真っ白でフカフカ ベッドルームの照明は 机の上にある小さな蛍光灯のスタンドと ベッドの枕元にある サイドテーブルに置かれた ステンドグラスの薄暗いスタンドだけだ ステンドグラスの照明が照らし出す 部屋の色彩は まるで中世ヨーロッパ 唐草模様が浮き出している 白っぽい天井に ステンドグラスの紫や緑が映り  小さな桃色の花がアクセントになって なぜかゆらゆらと光が揺らぐ 不思議な一日を振り返る ふと誰かの息を 頬に感じる 私は灯かりを消す 「おやすみなさい 紀行さん」 目を閉じて そう言ってから もう一度 考えて つぶやく 「ありがとう 紀行さん よろしくお願いします」 その夜 夢を見た この別荘の裏に続く道を 街とは反対の森の奥に向かって歩く しばらく歩くと小さな川があり 古い橋がある その橋を渡ろうとすると 紀行さんに 腕をつかまれ 引き止められる 紀行さんは背が高く 痩せている 夢の中なのに 私は 朝ここから駅まで 歩いて何分かかるだろう と 気になる 不動産屋は自転車で30分位と言ったが 自転車は持っていない 『紀行さん 自転車持ってるの?』 夢の中だと意識しながら尋ねる 『自転車がないと困るの』 私は確かにそう言った 誰かの寝息が聞こえる 自分の寝息と ほぼ同じ間隔で 息を吸ったり吐いたりしている 誰かの体温を感じる 誰かの脚を感じる 目を閉じたまま意識が覚醒する 自分の息が荒くなる 目を開ける勇気はない いや 目を開けてしまえば すべてが消えてしまう そんな気がして 私は 紀行さんの寝息や脚を感じて どうしても 感じて しばらくはドキドキしていたのに いつの間にか眠ったらしく 6時 スマホの目覚ましで 目覚める
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