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キス
夏休み前 ピアノの実技試験がある
大学では
この試験で最優秀だった学生だけが
ショパン コンクールに応募することが
許可される
私は つい数日前までは
最優秀など狙える訳ないと思っていた
けれど
今は なぜか 自信がある
私は必ず 最優秀賞に選ばれる
そんな気がしている
家に帰る
紀行さんと夕食 すぐに
ピアノの練習に没頭する
ショパン コンクールの課題曲
7〜10分を考慮して
スケルツォ第2番 を 今回は練習する
私は ショパン の曲の中でも
スケルツォが特に好きだ
弾いても聴いても スケルツォは
人間の命そのものを哲学させられる
弾き込めば弾き込むほど
新しい発見と感動がある
しかも この
紀行さんのピアノに向かうと
不思議なくらい 手が自由に動く
いくら弾いても どこも疲れず
まるでショパン が体の中にいる
そんな感覚になって
フレーズの一つ一つに
細やかな神経を行き渡らせることができる
あたかも自分の考えた曲であるかのように
音の間合いや強弱 流れを
丁寧に配慮をしながら
演奏を楽しめるのだ
毎晩 24時には急に 体が止まる
曲の途中でも 不思議なくらい
急に 体が止まり 眠る時間となる
その夜も 同じだった
体が24時を感じ 脱力する
何も考えず 歯磨き洗顔して
ベッドに入る
毎晩 紀行さんの寝息を聞き
脚を感じたりしながら寝ていたが
その夜は 目を閉じるとすぐ
夢なのか 幻覚なのか
紀行さんは 私の唇にキスした
ドキドキしていると 彼の手は
私の体を愛撫し始める
私は現実には ボーイフレンドさえ
いたことがない
片思いの恋愛さえ したことがない
初キッスを 紀行さんに奪われて
その上 いきなりの愛撫に当惑する
当惑していたが やがて
自分の動悸と熱の高まりに
スケルツォの旋律が重なる
いつの間にか眠り 朝 目覚めた時
なぜか 恥ずかしい気持ちになる
「紀行さん ありがとう」
私はまだ起き出す前に 布団の中で
小さく ささやいてみる
「スケルツォ 少し上手に弾けるかしら」
シャワーをして 朝食をとり
ちょっとだけでも
ピアノを弾いてみたくなる
が なぜかピアノの蓋が開かない
今はダメってこと?
確かに時間に余裕はなかった
「わかった ごめんなさい」
私は戸締りをして
自転車で駅に向かう
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