いわくつき物件

2/3
前へ
/67ページ
次へ
その広い洋室の真ん中に  木目の美しい マホガニー 猫足の グランドピアノが置かれている 意外に埃が積もっていない ピアノと同じ木目猫足の椅子の座面も まるで毎日 使用しているかのように 埃は積もっていない 高さを調整してみる スムーズに調整できる ベートーベン『月光』を弾いてみたくなる 私はおもむろにピアノの蓋を開ける 鍵はかかっていない 何となく弾き込まれた風合いを感じさせる 温かみのある白い鍵盤が並んでいる 弾きたい気持ちがあふれる 『月光』の強いイメージが  胸の奥から指先まで到達してしまう 不動産屋に断りもなく 私は弾き始める 思いがけず 音も狂っていない  よい音色である まるで部屋全体が楽器のように ピアノの音は 生き生きと響き渡る 夢中になる  いつもの自分とは どこか違うタッチ 指が 体が 軽やかになって 湧き上がるイメージ通りに 面白くなるほど自由に 演奏できる 自分の弾くピアノの音色に聞き惚れる  私は即決した 家賃は 月5,000円という
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加