引越し

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引越し

引っ越しと言っても  運ぶモノはタクシーのトランクで 十分間に合う 引っ越しの日 タクシーに乗り 行き先の住所を告げる 年配の運転手は 「あれ? 渋沢さんの別荘ですね?」 と言う 「そうです」 契約書の貸主は 渋沢英二となっていた 「息子さんの奥さんですか?」 「息子さん?」 「確か今 あの別荘は息子さんが暮らしてますよ」 「そうなんですか?」 私はあえて否定しなかった 実際 誰も住んでいないから  借りる手続きをしたはずなのだ タクシーは渋沢家の別荘に到着する 玄関を開ける あの日のスニーカーは きちんと 揃えられて 玄関の中央に 置かれたままだ 荷物を下ろすのを手伝ってくれたタクシーの運転手は 「やっぱり 息子さん住んでるじゃないですか」 靴を見て そう言う 「誰にも公言しませんから 彼女さんなんですね?」 「はい まあ」 私は 何となくそう言う タクシーの運転手に どう思われても関係ない 「うらやましいな 渋沢家の御曹司と別荘暮らしか」 彼は勝手に勘違いして ニヤニヤしながら 電子ピアノを玄関に置くと 立ち去った 私は一人 お化け屋敷に取り残される
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