問 : 塩からしおを引きなさい

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「減った分は何が入っているのか、それこそが問題だ」  数多の調味料が立ち並ぶスーパーの一角において、私は一人頭を悩ませていた。  大学生の一人暮らしにおいて、もっとも問題となるのが日々の食事であることは言うまでもない。毎日きちんと自炊をする素晴らしき人々から、三食全てカップラーメンで済ませる生活習慣病予備軍まで、その種類は実に多彩である。生活スタイルが一番如実に現れるふぁくたーとも言えよう。  なお、私は一応、毎日きちんと自炊をする人間だ。  さて話を戻すが、こたびの困惑もまさしく料理に関するものだった。目の前に現れた不可解極まりない文字列は、私の聡明な頭脳が理解しうる範疇を超えていたのだ。 『減塩しお』  棚に並んだ潮彩色のパッケージには、紛れもなくそう書かれている。  ――お気付きいただけるだろうか?  健康が声高に叫ばれるようになった今日、接頭辞"減塩"はもはや珍しいものではなくなってきている。  減塩しょうゆ、減塩こんぶ、その他多数の減塩料理は、列挙していけばそれだけで百科事典が完成するだろう。  そしてその減塩ブームは、高まる世間の熱気を受けて新たなる次元へと昇華したに違いない。 『減塩しお』。中に入っている"白い粉状のもの"は、見た限り、普通の塩と大差ないように思える。  だがこの塩からは、パッケージの表記が正しいとすれば、20パーセントの塩が取り除かれているのだ。  そこを埋めているのは一体何なのか。  虚無か。虚空か。小麦粉か。もしかすると私が知らなかっただけで、人々は既に虚数空間へとアクセスする手段を開発したというのか? 「ははっ、馬鹿らしい」  こうなれば、私がじきじきに真相を確かめてやらねばなるまい。  ※ 『減塩しお』を買って帰った私は、手短に片付けを終わらせた後、意気揚々とパッケージの頭頂部を引きちぎった。 「どれ。名状しがたき虚無の味、この私に見せてみよ」  ちょっぴり掬って舐めてみる。  しょっぱい。至って普通の塩だった。虚無の味などしない。 「何だこれは。ただの塩ではないか」  期待を裏切られた憎しみのあまり、私は怒濤の勢いで残りの塩を詰め替え用のケースに流し込んだ。空のパッケージはゴミ箱へとぶん投げる。入らない。  あげくには、投擲した際に小指を壁にぶつけた。  これぞまさしく傷口に塩。青菜に塩のごとく、私は覇気を無くしてしおらしくその場に座り込んでしまった。  その後インターネットで調べてみたところ、どうやら取り出した分の塩は、塩化カリウムという塩味だがしおではない物質によって補われているのだという。 「ふざけるなこのやろう。よくも純真無垢なる私の心をもてあそんだな」  ただの塩ごときに心労を煩わされ、私は少しだけしょっぱい思いになった。  ズカズカと台所に舞い戻り、塩の入ったケースを開ける。  もう一度なめてみよう。  ペロリ。 「……美味しい」  余計に腹が立つ。  塩を舐め、そして辛酸を舐めさせられたその日の夕食は、全体的に塩辛い味となった。
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