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天罰
同じ日
カムラン司令部にファットは、娘のチャンと一緒に大きなかばんを持って意気揚々と来ていた。
かばんの中には「カニの手」の売り上げであるロシア水兵から徴収した入りきれないほどの軍票(軍隊が占領地で発行する便宜上の紙幣)が入っていた。
ひと財産ある軍票を換金するためにカールマンの前に置いた。
「そんな・・・もう一度言って下さい、カールマンさん。何かの間違いでしょう」
「間違いではない、何度でも言ってやる、それはもはや紙くずだ、つまり何の価値もない」
「何の価値もないって」
「そうだ、価値ゼロだ!」
「先日、あなたはロシア海軍の軍票はフランス海軍でその日のレートで換金してやるとおっしゃっていたではありませんか?」
事態が飲み込めない娘のチャンは2人の顔を交互に見ている。
「ファット、頭は大丈夫か?それはロシア海軍が今回の海戦で日本海軍に負ける前の話だろう?負けた国の軍隊が発行した軍票に誰が金を出すものか。お前も商売人だったら少しは考えてみろ!」
「しかし言った事は守ってくれないと困ります!」
「言った事だと?よし、おれはたしか『その日のレート』と言ったな。今日のレートはゼロだ!それでは今からレートゼロで全部換金してやるからかばんの中にある軍票全部をそこに置いて行け。私は約束は守るほうでね、わかったか!」
「それはひどい!おれはこれから仕入れた酒と食材の代金と、ニャチャンから集めた女たちの給金を払わなければならないんだ。いったいどうしろって言うんだ!」
「そんな話は知ったことではない!」
「じゃあ、いったい誰が払ってくれるんだ?」
「それなら今から日本海の海の底に行ってロシアの奴らに請求するこったな。ここは海軍だから連中の沈んだ場所くらいはわかってるから教えてやるぜ」
「そんな・・・」
「さあ、話は終わった。出口はあちらだ、さあ帰った帰った」
カールマンの部屋を出て、とぼとぼ門まで歩くファットにむかって、大きなかばんを抱えたチャンが尋ねた。
「お父さん、一体どういうこと?こんなにお札があるのになんで?」
チャンが不安げに尋ねた。
「その札の価値がロシア海軍の敗戦によってゼロになったんだ!」
「つまり?」
「破産だ!ニャチャンの酒屋と食材を買った店に支払いができないし給金も出せない・・・」
「破産?じゃあ私たちはいったいどうなるの?」
「おそらくこれから酒屋やクアンの兄貴からも追い立てられる。おれたちはカムランの街から逃げるしかない」
「逃げるって・・・村一番のお金持ちの私たちが?」
「おい!そこで何をごじゃごじゃ話をしているんだ!」
大きな声で恫喝しながら銃を持った衛兵は2人の親子の背中を突いて門の外に追い払った。
「お父さん。私、明日からまたみんなと一緒にカニをとるわ・・・」
チャンが寂しそうにつぶやいた。
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