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報告
夕方、カムラン湾を見下ろせる丘の上にて。
いつもは漁の作業服しか着ない大男たちがベトナムの正装アオザイを着て集まってきた。
「みなさんお疲れ様です!こっちがお父さんのお墓です」
案内役のヒューがうれしそうに言った。
「「おう!」」
大男たちがヒューに続く。
「お父さん、喜んで!みんなが揃ってお墓参りに来てくれたよ。それと今日はうれしい報告があるって」
父親の墓に膝まずくヒューのかたわらにベトナムの民族衣装のアオザイを纏った屈強な男たちが同じように次々としゃがみこむ。
あるものは酒を持って、あるものは花やズン村長の好きだった食べ物を持って
「じいさん、喜べ。日本海軍がロシアに勝ったそうだ」
タンが墓前に花を添えた。
カーが線香に火をつける。
「あんたの言ったとおり日本ってぇ国は、本当にたいした国だなあ。あの世界一の艦隊が今では全部海の底だぜ」
「ああ、あれだけの艦隊を全滅させやがったんだぜ。見たことはないが、同じアジア人として誇らしいぜ」
「まったくだ」
「さあ、あんたの好きな酒と餅を持ってきた。みんなと一緒に飲もうぜ!今日は全員で祝い酒だな」
「「おー!」」
全員が酒と茶碗を並べ出した。
未成年のヒューの前にも酒が並んだ。
「ヒュー、おまえはまだ子供だが、今日だけは飲め!おれが許す!おやじも多分許す!」
カーの大きな右手がヒューの頭を力一杯、鷲づかみにしてなでた。
「うん、本当は飲んだことないけど、今日はお祝いだからがんばって飲むよ!」
「おう、そうこなくっちゃ!」
「いいぞ!ヒュー」
「おう、カー!得意のお前の故郷の歌を歌えや!下手くそだけど今日だけは我慢して聞いてやるからよう」
「チッ、なんだよてめえら!今までは我慢して聞いていたのか!」
「当たり前だろうが!」
「お前の歌は耳がやられるからな」
「ところでカー、やつらにやられた腕の傷はどうだ?」
長らくの焼香が終わったタンが聞く。
「ああ、弾で肉が削られたけどもうすっかり直ったぜ。あんな豆鉄砲大したことないぜ」
と自慢の左の二の腕を突き出した。
「おまえは本当に頼もしいな」
ロシア兵に撃たれた傷口が生々しい。
「ちようど入れ墨のところをかすったようだな」
タンがよく見ると、入れ墨に彫った「第」の字の上の部分だけの肉がきれいに削られて「弟」になっていた。
それを見てタンは笑いながら言った。
「よかったな!天国のお前の弟が守ってくれたんだなきっと」
「え?」
「難しいことはわからなくてもいい、とにかく弟に感謝しな」
「そ、そうか。よくわからないが、とにかく弟に感謝するぜ」
※
静かなカムラン湾が眼下に見える。
つい1ヶ月前まではバルチック艦隊で真っ黒に染まり賑やかな喧騒が響いていたのがまるでうそのようである。
「俺のぉ村のよー♫じいさんが言ったー♫」
「よ、いいぞ!カー!」
「耳栓の用意だ!」
酒が進むうちに、極端に音程の外れたカーの歌がはじまり、男たちはあの苦しい作業も死傷者を出した争いも今では遠い昔のように思えてきた。
ズン村長の墓の前ではカーを中心に盛大な手拍子が続いている。
空には満天の月が彼らを見下ろしていた。
完
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