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バルチック艦隊 来寇
「うーむ」
悩んだときの彼のくせであご髭をさすりながら電報を読み終えるのをオットー少尉が見届けると
「閣下、いかがですか?私が内容が内容だけにと言った理由がご理解できましたか?」
「うむ、せっかく今日の休日は私の誕生日記念にゴルフ三昧と友人との会食を満喫するつもりであったがそれどころではなさそうだ、ロシアからの誕生日プレゼントはとんでもないお荷物になりそうだな」
ジョンキエルツ少将はつぶやいた。
「閣下、お荷物とは?」
真意を測りかねたオットー少尉は怪訝そうに聞き返す。
「バルチック艦隊のことだ、やつらのおかげでこれから忙しくなるぞ。したがって今日のパーティは中止とするのでゴルフのメンバーには私からそう伝える。私の誕生日祝いで催したパーティの主役がいなくなるのだからしかたなかろう。オットー少尉、サイゴン司令部・司令オズワルド大佐とカムラン司令部・司令カールマン大尉にすみやかに以下を連絡しろ。明日サイゴン港に停泊中の巡洋艦デカルトの出港準備、総員武装のこと、祝砲弾用意、抜錨は明朝0900、行き先は北東カムラン湾だ」
聞き漏らすことがないようにとオットー少尉はジョンキエルツ少将の命令を紙に書きつけながら尋ねた。
「明日の出港だと今から至急ダラット駅に連絡してサイゴン行きの汽車を支度をさせましょうか?」
「うむ、急ぎ頼む、とにかく今日中にはサイゴンに帰れるようにしたい」
このやりとりからわずか1時間後にはスポーツウエアから純白の海軍制服に着替えたジョンキエルツ少将は、世界で初めてフランスが開発に成功したばかりのド・ディオン・ブートン社製のガソリン自動車に乗り込んだ。
当時のベトナムにわずか1台しかなかったガソリン自動車はダラットパレスゴルフ場から5キロほど離れたダラット駅に向かった。
その移り変る車窓からはダラット高原一帯に広がる針葉樹の牧歌的な光景が一瞬ではあるが彼に日本帝国と帝政ロシアがまさに両国の国運をかけた大海戦を控えていることを忘れさせた。
わずか10分ほどで車は黄色を基調としたおとぎ話に出てくるようなダラット駅に到着した。
出迎えに来たフランス鉄道省の車掌の案内で一番奥にある特等席にオットー少尉とともに座ったジョンキエルツ少将はさきほどまでのゴルフの疲れが出たのか出発後まもなく知らない間に眠りについていた。
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