作戦会議 1

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作戦会議 1

「海軍関係の話は私は専門なのでよく理解できますが、大陸で展開している陸軍のほうはどうなっているのでしょうか?」 「我々の尊敬する大先輩ナポレオン将軍でも勝てなかったロシア陸軍だが、ノギという将軍の指揮下で、今年1月に難攻不落といわれた旅順要塞が落とされてしまった。この陥落によって旅順港に停泊していた艦船はすべて陸上砲台からの砲弾の餌食となってしまった。その後この戦争を左右するといわれた3月10日の奉天の大会戦でも総大将のクロパトキン将軍はあと一押ししていれば勝てたと言われている戦いにあろうことか戦闘を放棄して北に敗走してしまった。ロシア側はこの敗走を戦略的な名誉の退却と言っているが世界中はこれを敗走としか思っていない」 「あの常勝将軍といわれたクロパトキン将軍が敗走ですか?日本陸軍はそこまで手ごわいのですか?」 「そうだ、窮鼠猫をかむという例えの通り手ごわい。そもそも日本は最初からロシアに勝つことは考えていない、よくて引き分けに持っていこうとしているのだ。考えても見ろ、国力比10対1であれば仮に引き分けても世界はそれは日本の勝利と捉えるであろう」 「要するに海に、陸にロシア軍は相当被害を受けたのですね」 「そうだ、だから現在世界世論はこのたびのバルチック艦隊と日本艦隊の決戦に、日露両国のすべてがかかっていると判断しておる」 ひととおり各々の参加者からの質問に答えたあとジョンキエルツは咳払いをした。 「よろしい、諸君日露の戦いの詳細は以上である。要するに大国であるロシアが弱小国日本に負けている、そして両国の命運は今まさにこちらに向かっているバルティック艦隊の戦闘にかかっているということだけ理解してくれたまえ。今はこの情報をもとに我々は慎重に行動するべきである。よって諸君に今から2つの立場から作戦を命令する。1つ目はフランス海軍の軍人としての立場から。もう1つは仏領インドシナ行政府の行政官としての立場からだ」 「解せませんな閣下、“作戦は常にわかりやすく”が閣下の主義だったはずですが。2つの立場からといいますと?」 付き合いの長いジョンキエルツの性格を熟知しているピエール艦長は尋ねた。 「よし、全員にわかりやすく説明してやろう。ピエール艦長、仮に貴殿に大金持ちの親戚がいるとしよう。当然貴殿は彼とはいい親戚づきあいを保ちたいので言うことは何でも聞くだろう。しかしある日突然彼が破産してしまい借金取りに終われる身となったら貴殿はどういう対応を取る?」 「急に言われましても・・・そうですな、まあとりあえずは距離をおきたいですねぇ」 「今のフランスとロシアの関係がまさにそれに当たるのだ。いいか現在約40隻の艦隊はマダガスカル島のわが領土ノシベ港を発ってからどこにも寄港できずにこのカムランにやってくる。距離にして15000海里(約2万5000キロ)の灼熱の航海をして将兵たちは疲弊しているはずだ、場合によっては艦内には死人も出ている可能性があるだろう。露仏同盟のよしみと同じ船乗り仲間のよしみとしては、ここは十分休憩を取らせた上で先方の要求どおり水、食料、石炭の補給を十分に行ってやりたい。しかし行政官の身分であれば水、食料、石炭すべては我がフランスの所有物であり財産である。また地元のベトナム人を使役に使うのもまた財産の一部を供与することになる。このよしみを行うことによって日英同盟の関係からイギリスはわがフランスに対して猛抗議をしてくるであろう。それに、何万キロも海の上にいた荒くれた水兵たちが7500名も上陸してみろ、カムラン村の治安維持はどう考える?」 「なるほど、今となってはロシアは借金取りに終われる身となった没落貴族ですか。けだし明解ですな。しかしフランス政府としても対処に苦労しているでしょうな。今回の支援要求を無碍に断るとロシアに睨まれる、甘い顔をすると英国に睨まれると。ロシアを取るか英国を取るか大変ですな。いずれにしても村の治安維持は重要項目ですので私の部下が取り締まります」 「そうだ、ピエール艦長。まず君の部下200名たちをカムラン湾到着後、陸戦隊として組織してくれ。そして各自に実弾を装備した銃を与えて明日出発のデカルトに乗り込ませるように。カムラン湾に到着次第、司令部のカールマン大尉と彼の部下20名と共同して各部落ごとに武装した兵を配置して村の治安維持に努めるように。配置場所は現地に長く住んでいるカールマンの部下がよく知っているであろう」 「了解しました、部下たちはすでに全員がデカルトに乗艦済みです。また実践用の実弾を装填した小銃も全員に与えてあります。部下たちはロシアと戦いが始まるものと勘違いしていましたよ。で、先ほどの話の船乗りとしてのよしみのほうはいかがいたします?」 「奴らの司令官は昇進したロジェストウエンスキー中将であったな。同じ船乗りとしての温情で艦隊が停泊中は我が軍のカムラン司令部の私の公室を与えるように。食事もできるだけいいものを出すように。その他の士官も全員同じ建物内の士官室を与えて十分英気を養ってもらうように配慮しろ」
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