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あまい一日
◇◇◇
列車を乗り継いで一時間。ケーキバイキングが行われる都市のデパートに着いた。会場には家族連れ、若い女性のグループ、カップルとさまざまな客がいた。
座るやいなや、客たちはおしゃべりしながらケーキが並べられているテーブルに向かっていく。
「すごい。大人気だね」
「制限時間があるからなあ。俺が取ってくるよ。まずはイチゴタルトとガトーショコラだろ」
俺は、トレイの上に皿を乗せてテーブルに向かった。
イチゴタルト……赤いのが乗っているからこれだな。ガトーショコラってどれだろう。黒いからこれか。食べたがっていたからたくさん持っていこう。
どちらもみっつずつ皿に乗せると、彼女が待つテーブルに戻った。
「お待たせ」
「ありがとう。いただきます!」
彼女はタルトをしばし見たあと、ひとくち食べた。
「うまいか」
「……うん!」
俺もタルトをほおばった。
……なんだこれ? 酸っぱいな、イチゴタルトなのに。
隣のテーブルで、ラズベリータルトがどうのこうの言っている。よく見ると、隣で食べているタルトは、俺が持ってきたのと同じだった。
「ああ、ごめんな! 間違えた。全部俺が食べるから」
「いいよ。気にしないで。これだっておいしいから」
彼女はまたタルトを食べた。
無理しているんじゃないかなあ……。
でも何も言えなくて、俺はひたすら食べた。
落ち込んでいると、ラズベリータルトがよけい酸っぱく感じるな。
ほぼ全種類食べて、ふたりで飲み物を飲んでいた。皿には、イチゴショートが一切れ残っている。
「おなかいっぱいだよ」
「俺が食べようか」
「お願い」
皿を引き寄せようとしたとき、隣のテーブルから声がした。女性が男性にケーキを食べさせている。
……あれいいな。俺もしてもらいたい。
せっかくのデートだからイチャイチャしたい!
「あのさ」
「なあに?」
「た、食べ……」
そのとき。ウェイターがハンドベルを鳴らした。
「え!? うわ……」
自分のフォークを床に落としてしまった。皿を落とさなくてよかった。
どうやら、終了5分前を知らせたらしい。
「あー、びっくりした。そろそろ終わるからベルを鳴らしたのか……。フォーク、取り替えてくるか」
「もう時間ないからいいよ。はい」
「え?」
彼女はケーキをフォークで切ると、俺に差し出した。恥ずかしそうに、ちょっとうつむいて。
「は、はい。あーんして。中山くん」
大きめに切られたケーキを、俺はひとくちで食べた。
ケーキって、こんなに甘かったのか!
◇◇◇
デパートを出ると、ふたりで自然と手をつないだ。力の抜きかげんがようやくわかった。汗もほとんどかかない。
「このあとどうする?」
「景色のいいところで、いっしょにカメラアプリで撮ろう? スマホの待ち受けにするんだ」
「そんなことしたら、みんなにバレるぞ」
「いいよ、バレても。中山くんは私の彼氏ですって大声で言いたいから」
一気に体が熱くなる。
なんで、おまえはいつも俺をドキドキさせるんだよ。
照れ隠しに彼女の手を強く握った。
「俺、告白してよかった。……実は、高体連で勝てたら告白しようって願かけていたんだ。でも体重が軽くてすぐに投げられた」
かっこわるくて言えかったけれど、いまなら口にできる。ありのままの俺を受け入れてくれるってわかったから。
「来年告白しようとしたけど、好きだって思ったら止まんなかった。おまえとつきあえるなんて、人生の運を使い果たしたな」
「運じゃないよ。中山くんがいい人だからオーケーしたんだよ」
いい人かあ。
俺の頭の中で、おまえがどうなっているのか全然わかってないんだな。妄想のなかではいろんなことしちゃっているんだぞ、俺たち。
でも、まずはステップその2。
「その中山くんっていうのはやめて、名前で呼んでくれないか。俺もおまえのこと名前で呼ぶからさ。……美優」
彼女の名前、『美優』をちいさな声でつぶやいた。
美優の手に熱が帯びた。
あ、これが美優の恥ずかしいことなんだ。
「どうした。なあ、美優、なあ――美優?」
美優の名前を繰り返し耳元でささやいた。
「……奏多くん」
「うん。美優?」
「……奏多くん」
「なんだ、美優? どうしたんだ、美優? 言ってみろ、美優」
「もう、人の名前でからかわないでよ!」
「はは、余裕ないのは俺だけだと思っていたからさ。ごめんな」
何もかも、くすぐったい一日だ。
今日のデートでわかったことがある。
やっぱり俺は美優が好きだっていうこと。
【終】
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