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9~エピローグ
「わたしはかつてこの王国に住んでいた、光の魔術師うさぎでした。名はルタニと申します。しかし、黒うさぎ公国の魔術師うさぎの禁断の魔法の呪いで人間の姿に変えられ、王国を遠く離れ、人間の世界で暮らしていたのです。呪いを解くには、わたしが愛するうさぎの姫にキスをしてもらうしかなかったのです。そして今日は禁断の魔法にかけられてからちょうど百年目の日だったのです」
魔法使い──ルタニの語る話に驚いて聞き入りながらも、ルタニが『愛するうさぎの姫』と言うのを聞いたアヴェリン姫の小さな心臓は、今にもぴょんと飛び出してしまいそうでした。
口元を両手でおおって、小さく震える全身を耳にしているアヴェリン姫に、ルタニは話を続けました。
「あの森でまるくなって眠っているあなたを見た瞬間、わたしはあなたに恋をしたんです。あなたほど愛らしいうさぎを、わたしは知りません。わたしの呪いを解く姫は、あなたしかいないと、あのときはっきりわかりました」
魔法使いのあたたかく、そして情熱的な視線に、アヴェリン姫は自分が虹色の光ですっかり包みこまれているように感じました。
そのとき、王国の森の陰から、まぶしい朝日が顔を出し、アヴェリン姫とルタニを照らしました。
黄金色に輝く朝日の中で、二羽のうさぎは吸い寄せられるように近づき、手を取り合って、真剣なまなざしで互いを見つめました。
王宮中に、素晴らしい一日の始まりを告げるファンファーレが鳴り響き、国中のすべてのものが、希望を胸に、ゆっくりと目覚めはじめました。
アヴェリン姫と、王国に帰還した偉大な光の魔術師ルタニは、国中に祝福されて、盛大な結婚式を挙げました。ルタニは王様をうまく助け、白うさぎ王国はますます平和に栄え、アヴェリン姫とルタニも、いつまでも仲むつまじく、幸せに暮らしました。
さて、アヴェリン姫の『眠い眠い病』はどうなったのでしょうか?
アヴェリン姫は、やっぱりずっと、いつも眠たくて仕方のない眠り姫のままでした。
ルタニは確かにアヴェリン姫の王子さまに違いありませんでしたが、ルタニはアヴェリン姫を目覚めさせるどころか、ますます眠たくさせるのです。ルタニのそばにいると、姫はほんとうに幸福で、なんだかとても安心して、なぜだかもっともっと眠たくなってしまうのです。でもそれは、以前のような、背徳的な眠気ではありませんでした。小春日和の昼下がりみたいに、平和で友好的な眠気なのです。
夢と現実のはざまで、ルタニから額や頬にそっとキスをされるたび、アヴェリン姫は自分がルタニの深い愛に包まれていることを感じました。おなかの底からわき上がってくる安心と幸福に、姫はひくひくと鼻を動かして、好きなだけ夢を見るのです。
そして、あいかわらずいつでも夢見がちなアヴェリン姫を見ても、もう誰も何も言いませんでした。アヴェリン姫自身も、もう自分をなんとかしようとは思いません。だって、この『眠い眠い病』のおかげで、アヴェリン姫はルタニと出逢えたのですから。
今日も心地よいまどろみに身を任せ、眠たいというのはとても幸福なことなのだわ、とアヴェリン姫は思うのでした。
おしまい
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