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 中でもいちばんアヴェリン姫の心をとらえたのは、『眠れる森の美女』という題名のおとぎ話でした。残念ながら、この物語の筋を知っている教師はいませんでしたので、アヴェリン姫はその題名の美しい響きをうっとりと楽しみながら、深い森の光景や、美しい美女の姿を思い描きました。  もちろん、アヴェリン姫は人間をあまりよく知らなかったので、教科書に載っている小さな人間の男女の絵を一生懸命覚えて、物語のヒロインにふさわしい美しい人間の女の人を想像しようとするのですが、どうしても途中で美女の姿はうさぎに、もっと言えば、アヴェリン姫自身の姿に変わってしまうのでした。  それにしても、アヴェリン姫はこの物語について、小さな頭をひねって考えをめぐらせるのが常でした。 「これって、森が眠っているのかしら? それとも眠っているのは美女? どっちなのかしら……」  それはアヴェリン姫にとっては大問題なのでしたが、お城の庭で午後のお茶をするときや、家族そろっての晩餐のときなどにも、この問題について半ばぼんやりと、もう一方では真剣そのものに考えているアヴェリン姫を見ると、心ない兄王子たちは、いつまでも夢見がちな自分たちの末妹をからかったり、くだらないことを考えるなと、腹を立てたりしていました。  父王さまや母王妃さまは、そろそろ結婚のことを考えるべき年頃になったにも関わらず、いつも眠っているか、空想の世界に耽溺している自分たちの可愛い娘のことを、内心ではあれやこれやとひどく心配していましたが、表面では姫をかばって、意地悪なことを言う息子たちを叱っていました。  アヴェリン姫にとって、この物語に寄せる関心は、単なる興味の域を超えた一大事でした。なぜって、もしかしたら物語の中に、アヴェリン姫の『眠い眠い病』を治す鍵が隠されているかもしれないと思っていたからです。  昔はなんでも知っている偉大な光の魔術師うさぎがいたそうですが、白うさぎ王国にはもう魔術師はいなかったので、不思議に思うことや知りたいことは、家庭教師をはじめとするまわりの大人たちに尋ねるか、さもなくば自分で探究しなければなりませんでした。そしてこの場合、アヴェリン姫は自分で答えを探し求めなければいけませんでした。  答えを得るためには、人間の世界に行って、実際に本を手に取り、読んでみなければ、と考えたアヴェリン姫は、ある夜、王国中の誰もが寝静まった頃を見計らって、こっそりお城を抜け出しました。  真っ暗な禁断の森を急いで進んでいると、ぽっかりと大きな口をあけた漆黒の洞窟が見えて来ました。この洞窟を進めば、人間の世界にたどり着くのです。アヴェリン姫は思いきって洞窟に飛び込むと、ドレスの裾が足に絡まって転がりそうになるのを堪えながら、暗い洞窟の中を一生懸命に走りました。  やがて、なんの前触れもなく唐突に洞窟は終わり、アヴェリン姫は自分が一段と真っ暗な深い森の中に立っていることに、突然気づかされました。 「変ね。いきなり洞窟が終わってしまったわ。ここはまだ、禁断の森なのかしら?」  ところが、アヴェリン姫が振り返ってみると、自分が通ってきたはずの洞窟は姿を消して、ただただ恐ろしく暗い、黒塗りの森が広がっているだけでした。 「大変だわ、洞窟が消えてしまっているわ! でも、どうやらここは人間の世界みたいね……。帰るときはどうしたらいいのかしら? いいえ、考えたって仕方ないわ。今は前に進むしかないのよ」  アヴェリン姫は決心して歩き出しました。けれど、人間の世界の森はとても険しく、刃物みたいに鋭い下草や枯れ枝が、アヴェリン姫の着ているピンクのドレスの裾を、ズタズタに引き裂いてしまいました。 「こんなことなら、お気に入りのドレスは脱いで来るんだったわ」  アヴェリン姫はため息をつきながら歩き続けました。
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