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「それにしても、いったいどこへ行けば本があるのかしら? できれば、人間には出くわしたくはないし……。でもほんの少し、人間というものを見てみたい気もするのだけれど」
そんなことを考えながら、暗い森をさまよい続けましたが、行けども行けども同じような景色が見えるだけで、一向に姫の探し物はみつかりませんでした。
さすがに歩き疲れ、途方に暮れていると、木々の間にたくさんのうさぎの耳が見えました。
「あぁ、よかった! うさぎがいるのね! ねぇ、皆さん、ちょっと助けて頂きたいの」
アヴェリン姫は走って行って、うさぎ達の群れの前に飛び出しました。すると、アヴェリン姫の目に映ったのは、なんと下着の一枚すら身に着けないまる裸のうさぎ達で、彼らは一様に体を固くして、突然現れたアヴェリン姫を、びっくりしたように凝視していました。
「あ、あの、その……。人間の世界では、うさぎは誰も服を着ないのね。でも、きっと正解よ。見て、わたしのドレス。服を着ていたら、こんな風になっちゃうもの」
アヴェリン姫が気を遣ってしゃべりかけても、人間の世界のうさぎ達は、呆れたように口を開け、アヴェリン姫をポカンと見つめるばかりで、ただの一羽も返事をするものはありませんでした。
「あの、ねぇ、皆さん。わたし、人間の世界の本が読みたいの。どこへ行けばいいか、ご存知ない?」
けれど、姫の質問に答える者は、やはり誰もありませんでした。そこで姫は、授業で習った人間の世界のことや、また物語のことなどを思い出し、ひとり合点がいったという風にうなずきました。
「人間の世界に住むうさぎは、きっと悪い魔法使いに、言葉を奪われてしまっているのね。わたしも用心しなきゃ」
アヴェリン姫は眉をひそめて、相変わらず呆けたように姫を見つめるうさぎ達を残し、その場を立ち去りました。
ところが困ったことに、いくらも進まないうちに、例の病がアヴェリン姫に忍び寄り、甘い誘惑をはじめてしまいました。アヴェリン姫は眠くて眠くて、しんどいくらいに眠たくなってしまいました。もう一秒だって目を開けていられないくらいです。
「なんてこと……またまぶたが言うことをきかないわ……。こんなときに……あぁ、もう……」
抵抗もむなしく、アヴェリン姫はずるずると眠りの沼に引きずりこまれていきました。
しかしまぁ、なんという背徳的な快楽でしょう! こんなときにもアヴェリン姫は上等のシャンパンを飲んだときのように、すっかりいい気分になり、すでにボロボロになったドレスが今度は土に汚れることもおかまいなしに、夜気に湿った地面の上にまるまって、あくびをしました。
アヴェリン姫は底なしの沼の中に、ずぶずぶと沈んでいくような心持ちでした。けれど姫は、体におおいかぶさってくる眠りの重みを感じる間にも、自分の体がふんわりと包み込むように持ち上げられ、どこかへそっと運ばれていくのを感じていました。
もうどうなったっていいわ……どうせ、洞窟はなくなってしまったし、王国には帰れそうにないんだもの……。アヴェリン姫はそう思ったのを最後に、真っ暗な眠りの沼の底に、コトンと落ちたのでした。
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