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「いかにもわたしは魔法使いと言えるでしょうが、あなたから言葉を奪うなんてことは致しませんよ」 「あなた、人間なのに、わたしの言葉がお分かりになるの?」  驚いて聞いたアヴェリン姫に、魔法使いは優しく微笑んで、うなずきました。王国の家庭教師に習ったところでは、人間は耳が退化していて、うさぎの言葉を理解することはできないと聞いていたので、アヴェリン姫は、この人はもしかしたら人間の世界では偉大な魔法使いなのかもしれないわ、と思いました。  そこでアヴェリン姫は、改めて魔法使いを、観察するような目つきでじっくりと見つめました。魔法使いの方でも、不思議に輝く瞳にふんわりと優しい微笑みをたたえ、アヴェリン姫をまっすぐに見返していました。  アヴェリン姫の心臓は、にわかにドキドキと鳴り始め、胸の扉をノックするようでした。なんだか華やかな舞踏会に出る前の、どこか浮き立つような、落ち着かない予感めいた気分が、アヴェリン姫の体中をピョンピョン跳びはねるように駆け巡っていました。 「さて、うさぎのプリンセス。ひとまずは落ち着かれるために、お茶と軽いお食事などはいかがです?」  魔法使いにそう尋ねられると、アヴェリン姫は急に空腹を感じ、素直にうなずきました。  魔法使いは、持ってきた銀のお盆に乗せていたティーポットから、小さなカップに紅茶とミルクを注ぎ、一口サイズのサンドイッチが乗った、これまた小さなお皿の横に並べると、パチンと指を鳴らしました。  すると、カップとお皿が宙に浮き、ふわふわとアヴェリン姫の元に近づいて来ました。手を出して受け取ると、魔法使いには小さすぎに見えていたカップとお皿は、アヴェリン姫の手にぴったりのサイズでした。鮮やかなニンジンとキュウリとキャベツのコールスローサラダがはさんであるサンドイッチも、姫の手にちょうどよい大きさでした。アヴェリン姫はごくりと喉を鳴らして、サンドイッチにカプリと前歯を立てました。   サラダの塩気はちょうどよく、シャキシャキした歯ごたえの具合が、アヴェリン姫の好みに合っていました。ミルクティーも、きちんと茶葉から丁寧に淹れられたものらしく、雑味のない風味と、上等なミルクのほんのりした甘味とコクが格別で、アヴェリン姫はすっかり感心して、感激したくらいでした。 「お口に合いますか?」 「ええ、とっても美味しいわ」  そう答える間にも、アヴェリン姫は食事のあまりの美味しさに、ほとんど一生懸命なくらいになってかじりつき、あっという間にサンドイッチを平らげ、ミルクティーの最後の一滴までコクコクと飲み干しました。食べ終えた頃には、魔法使いの言葉通り、すっかり落ち着いた気分になっていました。  魔法使いはテーブルに体を預けるようにして立ちながら、食事をすませたアヴェリン姫が、満足そうにクシクシと顔を拭いたり、耳をしごいたりしている様子を、虹色に光る目を細めて見ていましたが、姫の毛づくろいが終わる頃を見計らって、やおら姫に尋ねました。 「うさぎの姫、それであなたは、どうしてあんな森の中でお眠りになっていたのです? せっかくのドレスも泥だらけでしたよ」 「え? あら……?」  アヴェリン姫が自分の体を見下ろして見ると、森の中でボロボロになってしまったはずのお気に入りのピンクのドレスは、裾の破れも土の汚れも、まるで初めからなかったかのようにピカピカになっていました。 「勝手ながら、きれいにしておきました」  魔法使いは再びうやうやしい態度でお辞儀をしました。こんなに素敵にお辞儀をする人は、白うさぎ王国にだっていそうにありません。  ゆらゆらと揺れるろうそくの炎が、魔法使いの顔に微妙な陰影をつけ、瞳の輝きをいっそう強くして見せました。
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