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 なんだかさっきから、アヴェリン姫の胸は妙な具合にドキドキしていましたが、今度はまるで熱が出たみたいに、頭までクラクラしてきました。 「さぁ、訳をお話ください」  魔法使いに促され、アヴェリン姫はドキドキする胸の鼓動はそのままに、話し出しました。 「わたし、なぜだか幼い頃からずっと、いつも眠くて眠くて仕方ないの。それでしょっちゅう、お父さまやお母さまやお兄さま達に、心配されたり、呆れられたり、叱られたりしているの。偉いお医者さまに診てもらったら、わたし、『眠い眠い病』なんですって。治す手立てもないそうなの。でもわたし、考えたの。人間の世界には、たくさんおとぎ話があるでしょう? その中に、『眠れる森の美女』っていうお話があるって、家庭教師に習ったの。あれって、森が眠っているのかしら? それとも美女が眠っているのかしら? とにかく、その物語を読めば、わたしの『眠い眠い病』を治す方法が見つかるんじゃないかと思ったの……」 「それでお城を抜け出して、人間の世界にやって来たのですね」 「ええ、そうなの。だけど、大変だったわ。歩いても歩いても、真っ暗な森が続いているだけで、ちっとも本が見つからないの。それに、森でうさぎ達に出会ったんだけど、なんにも教えてくれなかったわ。言葉が話せないみたいだった。ねぇ、やっぱり悪い魔法使いに、言葉を奪われたのかしら?」 「いいえ、そうではありません。人間の世界では、正直者というのは余計なことを言う厄介者とみなされて、鼻つまみ扱いされるんです。だから、いつも正直なことしか話さない動物たちは、身を守るために自ら言葉を捨てたんですよ」 「まぁ……」  アヴェリン姫はショックで胸をおさえました。そんな恐ろしい話は聞いたこともありませんでした。どうりで家庭教師たちが、人間の世界に詳しくないはずです……。 「わたし、人間の世界に来るなんて、とっても大変なことをしでかしちゃったのかしら……」  アヴェリン姫は今さらながら、自分がとんでもなく無茶なことをしたのかもしれないと、耳を震わしてうつむきました。けれどすぐに思い直し、毅然と頭を上げました。 「でも、いいの。わたしの病が治るなら、勇気を出して人間の世界にだって来るわ。それに、あなたは人間の魔法使いだけど、わたしを厄介者扱いなんて、していないみたい」  魔法使いはニッコリ笑いました。それはとても素敵な笑い方だったので、アヴェリン姫の鼻は赤くなって、思わずひくひくと動きました。 「あの、魔法使いさん、ここにはずいぶんたくさんの本があるのね。もしかして、わたしが探している本もあるかしら?」  アヴェリン姫は緊張しながら尋ねました。けれど、魔法使いは残念そうに首を振りました。 「ここには、物語のたぐいは置いてないんです」 「まぁ、そうなの……」  アヴェリン姫はがっかりして、すっかりしょげてしまいました。きれいな白い耳をぐったり折って、 「こんなにたくさんの本があるのに、わたしの探しているものはないなんて、もう希望はないのかしら……」  せっかく苦労してここまで来たというのに、すべては水の泡だったのかしらと思うと、アヴェリン姫はお腹の底から悲しみがこみあげてくるのを感じました。父王さまや母王妃さま、それにいつもは口やかましく叱ったり、からかったりしながらも、自分を可愛がってくれている兄王子たちのことを思い出し、アヴェリン姫は再び泣き出したい気持ちになりました。
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