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魔法使いはアヴェリン姫を振り向き、目を細めて微笑みました。それから今度は大きく目を開けたかと思うと、突然アヴェリン姫の手を引っ張りながら、急降下を始めました。辺りが急に虹色の光で包まれ、アヴェリン姫は思わず息を止め、かたく目を閉じました。
どれくらいそうして体を固くしていたのでしょうか。アヴェリン姫は、「姫……、姫……」と優しく自分に呼び掛ける魔法使いの言葉で、ハッと目を開けました。すると、いつの間にかアヴェリン姫は、夜明けのうさぎ王国のお城の前に立っていました。
「まぁ、よかった。帰って来たのね!」
アヴェリン姫は悪い夢から覚めたように、ホッと胸を撫で下ろし、かたわらで自分の目の高さまでかがんでいる魔法使いの、七色に輝く瞳を振り返りました。
「わたし、あなたにどんなお礼をさしあげられるかしら」
アヴェリン姫はそう言いながら、魔法使いとのお別れの時間が迫っているのだと思うと、心がぎゅうぎゅうとしぼられるように痛みました。
魔法使いはアヴェリン姫をのぞき込むようにしてにっこり微笑むと、
「それでは、どうかわたくしめに、プリンセスのキスを」
と言って、胸に手を当てて頭を下げました。
アヴェリン姫は白い耳の先まで真っ赤になりましたが、ドキドキと鳴る心臓の音を聞かれないように注意しながら、魔法使いの頬に、そっと『ありがとう』と『さよなら』のキスをしました。
するとそのとたん、魔法使いの体から、キラキラ輝く虹色の光が勢いよく放たれ、天に向かってほとばしりました。アヴェリン姫は驚いて後ろに飛び退き、巨大な光の柱を見ていました。いくらもしないうちに、袖口と首回りを銀色の菱形模様で縁取られた、鮮やかなトルコ石色のローブを着たハンサムな一羽の白うさぎが、うつむき加減に光の柱の中からゆっくりと姿を現しました。
うさぎは目を閉じて顔をあげ、水色のメッシュが入った真っ白な耳を気持ちよさそうに振り、鼻先を嬉しげにひくひくさせて、新鮮な空気を吸い込むように何度も大きく深呼吸をしていましたが、やがてゆっくりとまぶたを開け、アヴェリン姫に視線を向けました。その瞳は、まるで吸い込まれそうに優しく光る、宝石のような虹色に輝く瞳でした。アヴェリン姫は大きく息を吸い込むと、
「あなた、あの魔法使いさんなの?」
と、恐る恐る、でもドキドキと高鳴る胸をおさえ、尋ねました。
うさぎの姿になった魔法使いは、姫にまっすぐ視線を向けたまま、ゆっくりとうなずきました。
「えぇ、そうです。そして、ありがとう、姫。あなたのおかげで、わたしは百年の呪いから解放されました」
「なんですって?」
アヴェリン姫はピョンと跳び上がりました。
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