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「おい、起きろ」
まどろみを揺さぶる声に、セシリオは瞼を開く。
ほんの目と鼻の先に、見慣れたルームメイトの精悍な顔が迫っていた。
「な、何だよ!?」
慌てて飛び起き、ベッドの隅に後ずさる。思わず布団を抱き寄せてしまったのは、無意識的な防御反応だろう。そんなセシリオをアベルはいつもの無表情で、しかし、どこかうんざりげに見下ろす。
「何だとは何だ。お前こそ、いつまで布団にくるまっているつもりだ」
「今日は学校は休みだろ? いくら惰眠を貪ろうと勝手じゃないか!」
「駄目だ。起きろ。起きて着替えて、食堂に行って朝食を摂れ」
「朝食なんてこんな朝から入らないよ」
実際、食欲は皆無だった。もともとセシリオは朝が弱く、朝食もほとんど入らない。まして今朝は昨晩の気疲れが身体に残っているせいか、食欲よりも睡眠欲がはるかに勝っていた。たとえ朝食を抜いてでも、今は布団にもぐっていたい。
ところがアベルは、そんなセシリオの手から非情にも布団を剥ぎ取ってしまう。
「駄目だ。起きろ」
「嫌だ! 昨日は遅くまで父のパーティーに付き合わされたんだ! こう見えて、すごく疲れているんだよ! 放っておいてくれ!」
アベルの腕から布団を奪還すると、そのままバサリと引き被る。もう二度と奪われまいと裾を抱き込むと、冬眠中の亀のようにベッドの上でじっと丸くなった。
「勘違いするなよ。僕だって、あんなパーティーには行きたくないさ。でも、仕方がないんだ。それが僕の役割だから」
聞く者が聞けば、あまりにも傲慢で鼻持ちならない言い訳。英雄の息子としてパーティーに参加し、寮の夕食とは比較にならない豪華な晩餐を、本来、たかが士官候補生ごときが同席を許されない軍の重鎮たちと共にする。こんな話を、まして士官を目指してこの学校に入った生徒が羨まないはずはない。珍味酒肴はともかく、上層部とのコネクションは誰もが喉から手が出るほど欲する無形の財産だ。このコネクションの有無が、時に生死を左右する軍隊という組織では猶更。
それはアベルも同様のはずで、こんな弱音を漏らせば最後、嫉妬とやっかみの入り混じった叱責を受けるのは目に見えている。が、どのみち小言は止まらないのだ。であれば、せめて弱音ぐらいは吐かせてほしい。
理解など端から求めていない。
どうせ、誰も理解などしてはくれないのだから。
「そうか。それは大変だったな」
「え?」
意外な、あまりにも意外な労い。言葉そのものは、あるいは嫌味や当てつけにも取れるだろう。が、今の声色は紛れもなく相手を気遣う者のそれで、少なくとも、セシリオの心にはすんなりと沁みた。
まさか、本当に気遣われた?
ところが、それを確認すべく布団から顔を出した時にはもうアベルはベッドそばを離れ、部屋の扉へと歩き出していた。
「だが、朝食はきちんと食べろ。さもないと、いつまでも小さいままだぞ」
「よ、余計なお世話だっ!」
枕を掴み、無駄に広い背中めがけて投げつける。が、今まさに枕が当たろうかという一瞬、アベルの背中は扉の向こうに消え、枕はばふりと扉に当たってそのまま床に落ちた。
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