#18 大浴場

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11年前。 私は22歳。その当時付き合っていた彼は30歳の大人な雰囲気を漂わせる人だった。 名前は司。 私の事を全て包み込んでくれるようなそんな人だった。 その当時の私は、まだまだ子供でわがままばかり。相手の気持ちを考えて優しくしようと思っても、結局は自分勝手に司の事を振り回していた。 大好きで大好きで誰にも取られたくない。 他の女と連絡をとる事さえも嫌。 会社の飲み会だって、女がいるなら行っちゃヤダとわがままを言う始末。 家に帰ったら必ず連絡をしてと約束事を作ったり… ヤキモチ焼きな上、大好きでたまらないとなると当然束縛も強くなってくる。 大好きな人の行動を縛るなんておかしい… そんな事は分かっている。 頭では理解できても、心がついてこない。 そんな自分がすごく嫌だった。 それでも司は、そんな私にいつも言ってくれていた。 「それでもさやかが大好きだよ」と… 付き合って1年が経つ頃には、少し余裕が出来てきたのか、だいぶ私のわがままも落ち着いてきた。 そんなある時、買い物途中の私は街中で司を見かけた。 一緒にいたのは、とても美人な女性だった。 スーツをビシッと着こなしたキャリアウーマンみたいな人だった。 その瞬間…私の頭は真っ白になった すぐに司に電話をした。出ないと思ったがあっさり電話に出た司。 「今何やってるの!? 話したい事があるんだけどっ!」 「あっ、俺も話したい事があるんだ…」 「なっ…何?別れ話?ってゆうか、今女と一緒にいるでしょ。私見たの。」 「いや、いない。いや…いたか。いや!でもそんなんじゃない」 「意味わかんない!別れ話なら電話でもいいけど!!」 私は昔から強がりで臆病だ。 「そんなんじゃないよ!!今さやかはどこにいるの? 」 今いる場所を伝えると 「今からすぐそこに行くから!」 「5分待っても来なかったらもう別れる!ばいばい!」 なんて事を言ったんだろ。 電話を切って即後悔。 後で会った時にちゃんと謝ろう… しかし、携帯を見ると5分は経っていた。 もういい!帰ろう! 信号待ちをしている司が見えた。私と目が合い手を振っていた。 しかし、感情の変化が激しくわがままな私は、フンっ!と無視をしながら歩いてしまった。 その瞬間 車のブレーキ音… ドンっ!!と大きな変な音… 色んな女性の叫び声… 「人が跳ねられたぞー!!!救急車!!!!」 えっ! 司? どこ? まさか…ね。 走って人混みの中をかき分け信号まで戻った。 倒れている人を見た私は、もう…思考停止。 うそ……でしょ うそだよね…? 走って司に駆け寄り声をかけた 「つ…つかさ?」 「ねぇ?聞こえる…?返事してよ!!!!!ねぇってば!!!!」 止めどなく流れる血…必死に押さえつけて止めようとした。 それでもどんどん溢れ出す血 いや…! いやだよ! 早く血止まってよ…! その後の事は全然覚えていない。 後から聞いた。 司は、突然赤信号を無視して走りだした事。 轢かれた時は即死だった事。 あの日一緒にいた女性はジュエリーショップで働いている司のお姉さんだった事。 私にプロポーズをしようと指輪の事を相談していたらしい。 私は司の家族の事を何も知らなかった。 そしてお葬式で会った時、お姉さんに言われた。 「なんで…っ!なんであんな優しい子が死ななくちゃいけなかったの?なんであんたは生きてるの?あんたのくだらないわがままに付き合わされて死んだ司が可哀想過ぎる!あんたのせいで死んだのよ!あんたが殺したのよ!」 「一生苦しめ…自分のせいで司が死んだと」 「そして幸せになんかなっちゃいけない。 あんたは絶対に。 そんなの私が許さない!」 申し訳ありませんでした…と何度も何度も謝った。 私にとっても最愛の人だった… でも悲しみにもひたれず、ひたすら謝る事しかできなかった。 いなくなって初めて気づかされた。司の大切さ。 そしてその大きな愛に、私は包まれていたんだと気づかされた。 大好きな人のそばにいれるだけで…それだけでよかったんだ… それ以降、私は人と接する事が出来なくなり、仕事も辞めた。 気づけば引きこもりになっていた。 そんな中色んな人たちの大きな支えがあり、ようやく外に出れるようになった。 人と関われるようになった。 また仕事もできるようになった。 そしてまた笑えるようになった。 でも今も心の中では幸せになってはいけないと思っている。 だから誰も好きになりたくない。 好きになっちゃいけない。 私だけが幸せになんてなったらいけないんだ… だから私は一人の男とは付き合わず、知り合って仲良くなっても結局は体だけの関係に持っていってしまう。相手の事を深く知れば知るほど、きっとのめり込んでしまうからだ。 私は相手の懐に飛び込む勇気はない。 それに怖いんだ… 好きな人がまたいなくなったらと思うと… 私は一歩も進めずにいる。 それでも明けない夜はないと言う人もいる。 出口のないトンネルなんかないと言う人もいる。 でも私はいまだに見つからないんだ… トンネルの出口なんて… 亮平を好きだと確信してしまったら… やる事は一つ。 これ以上この気持ちを大きくさせない事。 ただそれだけだ。 きっと、素っ気なくなり冷たくなり不自然な私になるだろう。 だから…まだ気づかず知らないフリをしていたい。 2ヶ月過ぎたら私はまたいつも通りの生活に戻る。そうなったら、きっと亮平も私もお互いの事なんか忘れるだろう。 だからそれまでは…
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