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遠い未来。
世界は長い戦争により壊れてしまっている。
これはその戦争を兵士として生きた、1人の青年の大切な記憶だ。
鉛色の空。
何処からか聞こえてくる、不吉な甲高い鳥の鳴き声。
枯れ木から伸びる、触手のような枝。
辺り一面の白。
列を成して歩く人影はどの人も俯いて、黙々と、何処か暗い。
その中に俺はいた。
寒い。
こんなに寒い場所がこの世にあったとは。
少なくとも俺が暮らしていたニホンではこんなに寒い場所はない。
吐いた息から凍ってしまいそうな。
指先からじりじりと凍っていくような。
普通に歩いていては体の先から死んでしまうからと、皆手足の指先を動かしたり、足首を回したりしている。
熱くて火傷をするのは当たり前だけど寒くても火傷するのだ。
ここに来るまでもそんな仲間を何人か置いていった。
慣れない環境のせいもあり、ここに派遣された軍隊は壊滅状態にある。
上官から別の部隊との合流を命じられたのは昨日の晩のこと。
空が明るくなるのを待って歩き始めて、どのくらいたっただろう。
ここには時間という概念がない気がする。
きっとこの寒さが時の流れというものを氷のように固めてしまっているのだ。
と。
何処からか重くて無機質な機械音がした。
「敵機だ!」
誰かが叫ぶ。
そこからあまり記憶がない。
機関銃の音がした。
倒れていく同じ隊の兵隊たち。
転がるように木の影に隠れて、それからーー。
気がつくと1人になっていた。
1人で走っていることに気づいて足を止めた。
息が切れる。
苦しくて大きく吸うのにあまり体に入ってきていないような気がする。
胸がーー肺が痛い。
振り向けばお化けのように何本もある手を伸ばす木々。
何処で鳥が嗄れた声でわめいている。
服の隙間から忍び込んでくる冷気にぞっと身震いした。
戻ろうか、と考えた。
でも遠くの空にはまだ飛行機が飛んでいる。
恐らく敵機だ。
俺たちニホンの兵を探している。
戻れば殺されるだろう。
空は相変わらず鉛色。
それでも薄い雲の隙間からぼんやりと金色の光が見える。
太陽だ。
「南西に二十キロの地点……」
そこへ向かって歩けば合流するはずの部隊と出会える。
木の影を選んでゆっくりと歩みを進めた。
そこまで辿り着くことが出来れば、何とかなるかもしれない。
襲うように冷たくて暗い夜が訪れた。
雪国の日暮は早い。
昼間とは違う静けさに包まれた森。
たまたま見つけた巨木の穴蔵に入り込んで、外の様子を伺った。
見上げれば雲の隙間から星が輝いていた。
ならば月は、と探してみたけど何処にも見当たらない。
ここからは見えないのか、それとも今夜は月の昇らない夜なのか。
夜空はあまりにも暗くて、その分星が煩いほどだ。
後者かもしれない、と考えた。
すっ。
耳を掠めた不思議な音。
体が強張る。
空気の震えのような小さな音は少しずつ大きくなっていった。
喚く心臓を押さえつけて、必死に耳を凝らした。
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