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────数時間後。
女装のまま泣きながら走るユカがいた。
「キスされた! 気持ち悪い、きもちわるいぃぃっ」
オエッとえづきながら立ち止まり、電柱の陰でペッと唾を吐く。
雑に背負う荷物の詰まった重たいリュックが、ズシリと重心を変え、ユカはよろめきながら電柱に寄りかかった。
こんな事は初めてだった。
潔癖のケがあるユカには耐えられない出来事だ。鈴木は今まで強引な事もせず、人の良い大人しい客でしかなかったのに。
もう何度も擦ってリップのはげた唇を、またゴシゴシと力強く擦る。穢れがとれた気がせず、泣きながら再び唾を吐き──
「……佐伯様?」
ふいに、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには仕事帰りの矢子つぼみが立っていた。
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