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矢子の家はボロいアパートの一室だった。
歓楽街を抜けて裏ぶれた住宅地の中、小さな墓地とジメジメした公園が近くに見えた。消えそうにチラつく街灯の下、「ここです」と矢子が立ち止まったことに、ユカは内心驚愕した。
「ず、随分と個性的な場所ですね」
「ええ。安いんです」
「こわくないですか……?」
「こわい? 家がですか?」
矢子がきょとんとして首を傾げたので、ユカはもう何も言わなかった。
案内されるまま矢子に続く。
カギなんて意味があるのかわからない薄い扉を開けると、中は小ざっぱりとした和室とダイニングの1DKだった。
「おじゃましまーす……」
おそるおそる足を踏み入れ、中を見渡す。
家具はダイニングテーブルと椅子、和室に小さなプラスチックのテーブルと安っぽい台とテレビ、のみだった。色は全て白か黒、灰色。モノトーンでまとめられており、色褪せてハゲた和室の壁とミスマッチしていた。
およそ女の子の部屋とは言い難い。ここまでサッパリしているのは、男でも珍しいくらいだ。
「引っ越ししたばっかりとか?」
「もう5年は住んでます」
「5年!」
この部屋に、5年も。ユカが呟くと、矢子は不思議そうに目を瞬かせながら首を傾げた。
「ハーブティー、ローズヒップなんて如何です?」
「あ、いいですねぇ!」
さっきまでの青い顔はどこへやら、目新しいことに興味津々な、若さ故の好奇心を剥き出しにするユカに、矢子はクスリと笑う。
ヤカンで湯を沸かしながら、急須にハーブティーを入れ、カップを2つ出した。
「急須」
「ティーポットでなくてもいいんですよ。お茶っ葉が拡散すれば」
それはそうだろうけど……と、ユカが複雑な顔をする。
お湯が沸いて、矢子が急須に湯を注ぐ。フワッと湯気と共にローズヒップの甘酸っぱい香りが立ち昇った。
蓋をして、しばし待つ。
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