176人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
「具合はもう大丈夫ですか?」
ローズヒップの、苺のような真っ赤な色のハーブティーをユカに差し出しながら、矢子が尋ねた。
よかったら、と蜂蜜のビンとスプーンも渡すと、ユカはひと匙ハーブティーへ落とす。
「……今日、ちょっと仲良くしているオジサンに、キスされてしまって。それで、ショックで逃げてきたとこだったんです」
目を伏せたままスプーンでハーブティーを混ぜ、自虐的に微笑みながら呟いた。
その言葉に、矢子の胸は少しだけ騒つく。
先日の、男の姿の佐伯が働いていたコンビニ。あの時騒いでいた中年男性と、きっと何かが重なる気がする。
「あなた、何か悪いことしているでしょう?」
「────!」
矢子が静かに言うと、ユカが動揺したのがわかった。
なんてわかりやすい。この子は、まだ子供だ。
矢子は心の中でクスリと笑う。
ユカはしょんぼりとして、カップを両手で包むように抱えた。
「ただちょっと、お金もらってデートするだけだったんです。触るとか、そーゆーのナシで。だから、初めてで、ビックリして」
言いながら、ジワリと涙が滲む。
ユカはそれを乱暴に手の甲で拭った。なんだかその仕草は、ユカではなく、佐伯佳佑のもののようで、矢子は不思議な気持ちで眺める。
「いっぱいうがいもして、口も何度も拭いたけど、ぜんぜん、綺麗にならないの。汚いのがとれた気がしない。なんだか、汚れちゃった気がして、落ち着かない」
再びポロポロと溢れ出した涙は、真っ赤なハーブティーの中に吸い込まれるように落ちて、溶けていく。
「……一度汚れてしまったら、もう綺麗にはならないわ」
ふいに矢子が呟いた。
その口調は、先程までの淡々とした他人行儀なものではなく、少しだけ感情と親しみが籠っている。
ユカは驚いて顔をあげた。
矢子は、ゆったりと微笑んでいた。
「もっと汚れていいなら、私が上書きしてあげる。多分そのオジサンより、私の方が、ずっと汚いわよ」
まとめていた髪を解くと、矢子はハーブティーに口をつけた。自由になった黒髪がサラリと揺れて頰を滑る。
矢子は唇についた赤い汁を、ペロリと舐めとって目を上げた。
「私がユカちゃんを汚してあげる」
最初のコメントを投稿しよう!