赤いハーブティー

3/4
176人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
「具合はもう大丈夫ですか?」  ローズヒップの、苺のような真っ赤な色のハーブティーをユカに差し出しながら、矢子が尋ねた。  よかったら、と蜂蜜のビンとスプーンも渡すと、ユカはひと匙ハーブティーへ落とす。 「……今日、ちょっと仲良くしているオジサンに、キスされてしまって。それで、ショックで逃げてきたとこだったんです」  目を伏せたままスプーンでハーブティーを混ぜ、自虐的に微笑みながら呟いた。  その言葉に、矢子の胸は少しだけ騒つく。  先日の、男の姿の佐伯が働いていたコンビニ。あの時騒いでいた中年男性と、きっと何かが重なる気がする。 「あなた、何か悪いことしているでしょう?」 「────!」  矢子が静かに言うと、ユカが動揺したのがわかった。  なんてわかりやすい。この子は、まだ子供だ。  矢子は心の中でクスリと笑う。  ユカはしょんぼりとして、カップを両手で包むように抱えた。 「ただちょっと、お金もらってデートするだけだったんです。触るとか、そーゆーのナシで。だから、初めてで、ビックリして」  言いながら、ジワリと涙が滲む。  ユカはそれを乱暴に手の甲で拭った。なんだかその仕草は、ユカではなく、佐伯佳佑のもののようで、矢子は不思議な気持ちで眺める。 「いっぱいうがいもして、口も何度も拭いたけど、ぜんぜん、綺麗にならないの。汚いのがとれた気がしない。なんだか、汚れちゃった気がして、落ち着かない」  再びポロポロと溢れ出した涙は、真っ赤なハーブティーの中に吸い込まれるように落ちて、溶けていく。 「……一度汚れてしまったら、もう綺麗にはならないわ」  ふいに矢子が呟いた。  その口調は、先程までの淡々とした他人行儀なものではなく、少しだけ感情と親しみが籠っている。  ユカは驚いて顔をあげた。  矢子は、ゆったりと微笑んでいた。 「もっと汚れていいなら、私が上書きしてあげる。多分そのオジサンより、私の方が、ずっと汚いわよ」  まとめていた髪を解くと、矢子はハーブティーに口をつけた。自由になった黒髪がサラリと揺れて頰を滑る。  矢子は唇についた赤い汁を、ペロリと舐めとって目を上げた。 「私がユカちゃんを汚してあげる」
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!