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男を押し出そうとするリンドウだったが、異様な程の長身ではあるものの細身に見える体型の男はびくともしない。逆にリンドウを押し返して土間に入り込み、後ろ手に扉を引いて閉めてしまった。
「さあ、花見に行きましょう、リンドウ君」
「は?まだ三月だよ、桜なんて咲かないし、第一何で僕がこんな得体の知れない黒スーツに折烏帽子の奴と花見に行かなきゃならねえの?」
「ああ、浄玻璃鏡で現代を覗いていた時に二十四時間営業のよろず屋、コンビニエンスストアとか云う、そこにあったアラモードジャポン誌を見ましたらば」
「ちょいちょい本物の地獄っぽいワード出して来るな、浄玻璃ってあの」
「そうです、亡者の生前の行いなどを見るためにありますが、まあ休憩中は自由に使わせて貰ってますので」
「それでファッション誌見てたのか」
「ええ、ジャケットスタイルにはキャップで抜け感をとありまして、この様に抜け感を」
「何だか色々間違ってる気がする」
「カジュアルジャケットでなくてスーツだからでしょうかね?」
「ううん、スーツ、ネクタイ、ワイシャツに烏帽子、抜け感皆無だけど」
「こちらのメゾンは夜の仕事の方に人気だと聴いて揃えたんですが」
「え?あ、このDGロゴってドルグアンドガッボールだろ、それ、もろに夜の接客業だよね、やっぱ何だか色々間違ってる気がする」
「私、夜間に接客と事務をしている者ですと云って教えて貰ったメゾンなので間違ってはいないかと思ったのですが」
「いやいやいやお前、閻魔大王の補佐官って云ったよね?裁判関係でしょ?ホストじゃないよね?」
「まあ概ね合っていると云う事で、花見に行きましょう」
「って、僕の話聴いてる?閻魔大王がどうこうとか云われてもいきなりだしさ、さっき云ったけど花見ってほら」
ドルグアンドガッボールに身を固めた謎の長身男はぴしゃりと云い放った。
「リンドウ君、私の時代で花見と云えば梅ですよ、いつ見るの、今でしょ」
「今でしょ、って、いつの流行語を浄玻璃鏡で見てたんだお前」
「嫌だなあ、篁と呼んで下さいよ、ほらもっと気安く」
「気安くしてどうすんだ、得体の知れない男に」
「今から一緒に梅見を楽しむ相手ですよ?ほら早く着替えて支度してください」
「あのさ、じゃあ、お前が小野篁かどうかは置いといて、今日僕は暇だから付き合ってやるからさ、せめて何しに来たか教えてよ、怪しすぎる」
「リンドウ君を見守るため、とでも云いましょうか」
「見守る?」
「珍皇寺からここは直ぐですからね」
「え、何だあ、お前、六道さんの坊さん?」
「いえ、ですから、六道珍皇寺の井戸から、ですよ」
「あくまでも黄泉返りの井戸推しなんだな」
「ですから篁と呼んでください」
「分かった分かった、篁、六道さんの人なんだよな、ばあちゃんの伝手とかで僕の事知ってんだな?」
「六道珍皇寺を拠点に活動している事は確かです」
「ううん、もう、何か不審者は不審者なんだけど、まあ仕方ないし、梅見とやら行くか」
「ええ、そう来なくちゃ、リンドウ君、早く支度を」
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