六月

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「さあ、ではお待ちかねのケーキの登場です」 「サプライズってケーキだったのか」 「あ、また云ってしまいました、そうです、実はケーキです」 どん、と座卓の上にケーキ箱を置く篁。実は私もまだ見ていないんですよ、お楽しみは焦らされた方が更に増すかと思いまして、と若干妖し気に頬を赤らめながら蓋に手を掛ける。蓋を取る。 そこには、ケーキが入っていた。 当たり前の事ではあるが、当たり前でない点が一つあった。 「お前これ、わざと?」 「え?」 リンドウの側に回り、ケーキを正面から確認する篁が、あ、と声を上げた。 赤らめていた頬から血色が引いてゆく。 「リンドウ君、これ、決して私、誓っても、わざとじゃありません」 「でもこれ、バースデーケーキじゃないよね?」 「その、様ですね」 沈黙が暫し流れる。その二人の眼前にあるケーキの上には「ハッピーネスエンゲイジメント、小野リンドウ」と出鱈目なカタカナ英語をカラフルな絞り出しチョコで綴ってあるホワイトチョコレートプレートが乗っている。 沈黙を破ったのは篁の、嬉々とした、一声。 「折角ですから一緒にケーキ入刀とやらを行いましょうリンドウ君」 眼前の、メンタル破壊力抜群なケーキに硬直しているリンドウの手を取り。 その強張った手を、再び紅潮させた頬で喜色満面、ケーキナイフを握った己の手に添える篁の姿は、地獄の住人とは思えない程に生き生きとしていたのだった。
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