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日中の陽気が穏やかだったとは言え、深夜ともなれば、大気はそろそろ冬の訪れを予感させている。
今夜はいささか霧が出ており、道沿いの外灯の光を、行灯のように朧気に滲ませていた。
郊外の住宅街に人影はとっくに無く、閑散とした闇の中を、自分の足音だけがやけに耳につく。
コートの襟元を手繰り寄せた俺の目が、ふと、薄汚れたブロック塀に貼ってある、1枚のポスターに止まった。
【変質者出没注意】
手書きの下手くそな字は、住民の警戒心を煽るためか赤色である。
しかしその血糊のような臙脂は、否が応でも俺に、近頃耳にする不穏な噂を連想させてしまう。
そう言えば、【赤い女】の出没区域は、ちょうどこの通りではなかっただろうか?
上から下まで全身赤づくめの衣装を纏い、暗がりの中に1人、ぼんやりと佇んでいるという不気味な女。
伸び放題のボサボサの髪の下、その顔は口が耳まで裂けているとも聞くし、
不用意に近づけば、手にした鎌で襲いかかって来るとも聞いた。
貼り紙で警告を呼びかけているあたり、根拠のない流言とも思えず、肌寒さはいっそうのものとなる。
頭のおかしな女がこの辺りを徘徊しているのか、或いはもっと、この世のものではない何か──という可能性もあるだろう。
いい年した中年になっても、俺は未だにそういったオカルトめいたものを大の苦手としており、無意識に歩みが早まっていた。
アスファルトを蹴る音は一段と闇に響き、まるで己の歩調に追い立てられるような錯覚がする。
月明かりも無く、猫の子1匹いない寂しい通りは、朧に灯る外灯の下、大昔の無声映画のようなモノクロに映る。
だからかもしれない。
小さな児童公園の片隅にぼんやりと浮かび上がった赤い色が、そこだけ注視を引くように鮮烈に目に飛び込んできたのは。
児童公園には心許ない外灯が1つだけあり、錆び付いたブランコやジャングルジムを何かの墓標のように見せていた。
そのフェンスに寄りかかるように佇む赤い人影が、髪の長い女だと認識した途端、
寒かったはずの背中に、じっとりとした嫌な汗が滲んできた。
瞬きも忘れて凝視する、仄暗い赤。
虚ろに立ち呆ける女は微動だにせず、ただじっとこちらを見つめているように思えた。
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