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自分に冷静を言い聞かせながら、懸命にこの状況を理解しようと努める。
時刻は既に、深夜の1時を回った所。
そんな時分に女が1人、児童公園に立ち尽くしているなど、どんな事情が当てはまるだろうか?
誰かと待ち合わせている?
人目をはばかる密会ならば、その可能性は充分あり得る。
それとも何かしらの事情で帰る家がなく、路頭に迷っている者?
確かにこの公園ならば、土管型の遊具もあり、夜露くらいは凌げそうだ。
最悪の結論を振り払おうと、思い描ける限りの楽観を並べてみるが、どうしても赤い女の噂が頭に割り込んできてしまう。
思わず生唾を飲み込んだ音が、女に聞こえやしないかと思うくらい大袈裟に鳴った。
激しく脈打つ鼓動の、その震動は脳まで達し、意識をグラグラと揺さぶっていた。
それでも引き返さなかったのは、平常を装うがゆえの慣性か。
はたまた男としてのプライドか。
次第に近づいてくる児童公園と共に、視界の端で輪郭を露にしてくる女の影。
赤いトップスの上に、赤いカーディガンのような物を羽織っている。
長いスカートも当然のように赤で、更にはソックスまでもが赤という徹底具合。
見ないように目を背ければ背けるほど、意識は女の方に吸い寄せられ、
そして、緩い風に微動する長い髪が、目視できる所まで来た時。
俺の足が、不意に立ち止まった。
闇をくり貫く白い顔を、初めこそは相当な覚悟を持って見ただろう。
けれども遠目から見る限り、その口は噂のように耳まで裂けているわけでもなく、むしろそこそこの美人に思えたのだ。
女は、どこか儚げな眼差しを、すがるように俺に向けていた。
少なくとも化け物ではなく、普通の人間の女──
そんな事実が、強張った肩を僅かに溶かしていく。
やはり何かしらに困り、助けを求めている者かもしれない。
よせばいいのに──と、我ながらに思う。
しかしあんなに寂し気で、よほどの事情がありそうな女。
声をかけずにおれない性分が、今しがたの恐怖に少しばかり打ち勝っていた。
俺は、慎重に、ゆっくりと、公園の敷地内に入って行った。
徐々に、徐々に、霧に霞んでいた赤い姿が、フィルターを剥がすようにはっきりと浮き出ていく。
女が少し、怯えたような、たじろぐような素振りを見せたことで、俺はようやく安堵の吐息をついた。
やはり、ただの女だ。
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