2人が本棚に入れています
本棚に追加
.
年の頃は若くもないが、加齢に覆われる年でもない。
目鼻立ちは少し、昼ドラによく出ている女優に似ていたが、名前までは出てこない。
真っ赤なルージュだけが若干顔立ちから浮いてはいるものの、思った通りなかなかの美人ではある。
近づいてくる見知らぬ男に、困惑を見せる彼女を、出来るだけ怖がらせぬようにと笑顔を作り、
敵意がないことを伝えるように、コートをはだけて己の無防備を示した。
乾いた夜風がピュウと走り、色づき始めた楓を鳴らす。
その風がそこまで冷たい訳でもあるまいに、たちまちのうちに悪寒をもよおし、全身に鳥肌が立った。
女も、笑ったのだ。
極限まで目玉を剥き、真っ赤なルージュの口角を、ニタァーっと引き上げたのだ。
咄嗟に後退りながら目にしたのは、彼女の右手。
闇に埋もれてはっきりとは見えないが、握りしめている物体の形。
その大きさや湾曲の具合から、それが “鎌” であることは容易く察しがついた。
そうだ──
噂の赤い女は、不用意に近づいた者に、その鎌で襲いかかるのだ──
にわかに戦慄が走り、体中の血の気がいっぺんに引いてゆく。
一歩、二歩と後退る俺に対し、女はゆっくりと歩を進め、じわじわと距離を縮めてくる。
見開いた目の下、獲物を見つけた歓喜で、真っ赤な唇を歪ませる女。
声にならない悲鳴が、俺の喉の奥で反響を繰り返していく。
重く垂れ込めた雲間から、微かな月明かりが目前の深紅を際立たせた時。
辛うじて保っていた理性は跡形もなく崩壊し、俺は一目散に逃げ出していた。
俺は、無我夢中で走る。
脇目も降らずに駆け抜ける夜の住宅街。
響き渡る足音は己のもののみならず、折り重なるもう1つが、もの凄い勢いで追ってくる女の存在を知らしめる。
生きた心地がしないとは、まさにこの事。
これまで経験したことのない猛烈な恐怖に総毛立ちながら、俺は死に物狂いで脚を回し続けていた。
.
最初のコメントを投稿しよう!