7章

6/17
前へ
/176ページ
次へ
 大体、こんなに素敵な人を世の女性が放っておくはずも無いんですよね。大勢の人が行き交うホールを横切る際に、木下先生は髪の長い、綺麗な女性に話しかけられて足を止めていました。  20代くらいの若い女の子です。  場所を聞かれただけ、と後で彼は言っていましたが、それにしては彼女が興奮気味に目を輝かせていたことにも、戻ってきた木下先生の声がどこか弾んでいたことにも、倫子さんは気付いていました。  きっと彼女は木下先生の格好良さに惹かれ、なんとかお近づきになれまいかと、話しかけてきたんですよ。  そんな勇気を持てるのは彼女が若くて綺麗だからです。おばちゃんでぽっちゃりさんで綺麗でもない倫子さんには、嫉妬することさえおこがましいって言われるのがオチで……。 「ミチコ先生も緊張してます? さっきから、くるくる表情が変わってますよ」  木下先生が倫子さんの顔を覗き込むように言いました。  あらあら。そんなにも気持ちが顔に出ていたのでしょうか。お恥ずかしい。  というか木下先生ったら、倫子さんばかり見ないで欲しいです。  淡い葡萄色のツーピースを身に着け、マスカラにアイシャドウにグロスにチーク……今日は朝から精一杯の化粧をしてきましたけど(付けまつ毛は止めました。お手洗いにすぐに駆け込むわけにいかない場所で、取れてしまったら面倒ですし)、だからと言ってあまりに間近から見られてしまうと、毛穴だとか小じわだとか、いろいろボロが出るじゃありませんか。  観客席へ向かった保護者らと別れた倫子さんたちは今、ホールの裏にある出場者の控室にいます。  だだっ広いだけの殺風景な部屋は張り詰めた空気に包まれていて、その雰囲気に呑まれるのか、聖愛たちも強張った表情を見せていました。  部屋の中には、紺色のジャンパースカートを着た有紗の姿も。  もちろん倫子さんには目も向けず、仲間たちと顔を突き合わせての最終確認に余念がありません。
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加