7章

9/17
前へ
/176ページ
次へ
「このまま舞台袖に上がって、直接見ませんか?」  木下先生がここで思いもよらぬことを言い出しました。 「ええ?! そんな勝手なことをしちゃダメよ」 「見つからなきゃ平気ですって」  小心者の倫子さんが持ち合わせていない大胆さを発揮した木下先生は、制止も聞かず舞台袖への階段をひょいひょい上がってしまいます。  いやいや、上には運営のスタッフさんがいたはずですから、見つかったら怒られちゃいますよ。  倫子さんは困ってしまいましたが、しかし木下先生をこのまま放っておくわけにもいきません。  彼の後に続いて階段を上っていくと、そこはスポットライトが煌々と輝く舞台のすぐ脇で、あぁちょうど濃青色のブレザーを着た三人が舞台に出てくるのが見えました。大きな拍手で出迎えられた三人は、緊張した面持ちで舞台の真ん中に立ったところです。  光の中にある舞台とは対照的に、こちらは薄暗くて周りもよく見えません。The裏方、といった雑然とした雰囲気ですね。舞台で使う大きな看板のようなものが壁際に立てかけてあったり、照明やら緞帳を操作するスイッチパネルがあったり。  パネルの前にはスタッフさんらしき人が一人立っていましたが、彼女は手にした行程表の紙束を握りしめつつ舞台上を凝視していました。木下先生はなんと、そのすぐ脇を通り抜けていましたが、堂々としているからかえって疑われないみたいですね。  そんな彼は倫子さんに向かってこっちこっち、と手招きしました。そこは黒くて分厚いカーテンの陰でした。脇幕と呼ばれるこの大きな幕は天井から吊るされ幾重に折り畳まれた状態になっていましたが、そのヒダに潜り込んでしまえばスタッフさんからも死角になる上、舞台の様子も伺えます。木下先生ったら目ざといですね。  倫子さんは脇幕を不自然に揺らすことのないよう気をつけながら、木下先生に指し示された場所に立ちました。  狭いところですので、背後に立った木下先生の息遣いを頭のてっぺんで感じます。ですがまぁ今はそちらについてドキドキは一旦忘れましょう。これはやむを得ない状況ですし、聖愛たちのスピーチも始まりましたから。  前半は3人で分担して課題文であるキング牧師のスピーチを暗唱します。これを終えたら各自が夢をテーマにした短いスピーチをする、という全15分の内容。  倫子さんは有紗の時と同様、ハラハラしながら教え子たちを見守りましたが、3人共真っ直ぐに顔を上げ、声もよく出ていました。
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加