7章

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 観に来てくださったご両親方も、最後にホールの前へ集合した時には、結果より娘たちの頑張りに感動してくれました。  聖愛のお母さまなんて、いまだに目元を赤くしていて、ハンカチが手放せない様子。 「とても素晴らしいスピーチだったわ」  感無量で娘を抱きしめた彼女は、倫子さんにもこれまでの無礼への詫びや感謝やらをひとしきり述べました。  そんなことはね、もういいんですよ。子どもたちが成長して、保護者の方たちにも納得していただけたら何よりです。聖愛はこれでようやく良隣女学院の生徒になれたのです。 「あぁ、聖愛のスピーチ、パパにも見せてあげたかったわ。あなたがあんなに堂々と舞台に立てるなんて、びっくりしたはずよ」 「来られなかったのは仕事なんだから、仕方ないよ」  繰り言を並べる母を大人びた口調でなだめる聖愛でしたが、すぐ側で聞いていた紫音がふと口を挟みました。 「ふうん。聖愛のパパは日曜日も仕事なんだね」 「うん……そうなんだ」  このときの聖愛は少し困ったような笑みを浮かべていました。  父親のことはあまり喋りたくないのでしょうか? 気遣いのできる子ですし、もしかしたら母子家庭である紫音に配慮したのかもしれません。  えーっと、確か聖愛のお父さまは社長さんでしたよね。どんなお仕事をなさっているのかは分かりませんが、きっとお忙しいのでしょう。面倒くさいから来なかったという、どっかの父親とは違うはずです。  最後に美姫のご両親が頑張った子どもたちを食事に招待したい、と申し出てくれました。この近くにご自身で経営なさっている焼肉店があるそうなんです。 「遅くならないように帰しますから。よろしいでしょうか?」  子どもたちは大喜びです。焼肉と聞いて喜ばない子どもはいません。 「有紗ちゃんも行こうよ」  聖愛は倫子さんの傍らにいた有紗にまで声をかけてくれました。  有紗も心が揺れた様子でしたが、さすがに他校の生徒たちと一緒に制服姿のまま食べに行くのは気が引ける様子。  そこで美姫のご両親は「先生たちもどうぞいらしてください」と誘ってくださいました。  それなら有紗も行きやすいだろうと気遣ってくださったのでしょうが、しかし木下先生は首を横に振りました。 「すみません、僕たちは一度学校へ帰らないといけないんで」  え? そんな話にはなっていませんでしたよ。  だからこそ有紗は観世音堂中の友達や先生たちと別れて、倫子さんと一緒に帰るべくこの場に残っていたんです。  でも、確かに……そうですよね。このままなし崩し的にお食事会に行ったら木下先生と二人きりになるチャンスは無くなってしまいます。  今の倫子さんは他の誰より……そう、教え子たちや実の娘よりも、木下先生と一緒にいることを優先したい気持ちでいっぱいなんです。 「そうなんです。今日のことを学校に報告しなきゃいけなくて」  気がつけば倫子さんは、自分でもびっくりするくらい上手に嘘をついていました。
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