7章

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「そうね。お言葉に甘えて、有紗も行かせてもらったら? 私達と一緒に学校まで来てもつまらないでしょ」 「あの……本当に無理なんですか? なにも二人で帰らなくてもいいんじゃありませんか?」  聖愛はなおも食い下がります。  睫毛の長い、漆黒の澄んだ瞳は倫子さんを真正面から捉えていました。  そんな目で見つめられると、もしかしてこの聡い子は全てを見抜いているんじゃないかと、後ろ暗いところのある倫子さんはたじろぐのですが、それでも一度堰を切ってしまった気持ちを押し止めることはできませんでした。  倫子さんの心は木下先生を求めていました。どうしても彼と二人きりになる誘惑に勝てなかったんです。  それから倫子さんは有紗の分の会費を支払ったり、隆さんに自分と有紗は遅くなるから滉大の晩御飯をよろしく、とメールするなどの事務作業を済ませました。  子どもたちと美姫の両親は県民ホールの地下駐車場の方へ、残りの面々は駅の方へと徒歩で向かい、聖愛と紫音のお母様とは改札口の前で別れます。学校へ帰るなら別路線ですからこれは別におかしなことではありません。  え? もちろん学校になんて戻りませんけどね。  何度も頭を下げながら改札の向こうへ消えていくお母様たちの姿が見えなくなると、木下先生は途端にニヤニヤ笑いだし「悪い先生たちですねぇ」と言いました。  返す言葉もありませんが、でも、その……少しくらい悪いことをしてもいいじゃないですか。  今まで真面目な人生を送ってきた自信があります。学校帰りの寄り道すらしてこなかった倫子さんです。  だからこそ、こんな背徳感たっぷりの寄り道には罪の意識だけでなく、微量のワクワクもトッピングされていたのです。 「じゃあ、僕らも打ち上げに行きましょう」  木下先生は駅の反対側へと倫子さんを連れていきました。県民ホールや官庁街の揃ったお堅いエリアとは一転、こちらは繁華街になっています。  まだ夕飯には少し早い、空も薄明るい時間帯だったもので、大勢の人が行き交う賑やかな雰囲気が通りを埋め尽くしていました。  しかしそんな大通りで誰かに見つかると面倒です。木下先生は裏通りを縫うように歩き、そして10分後、到着したのは地下にある小さなショットバーでした。早く倫子さんと乾杯したいから、とお酒を飲める店にしたんですって。
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