7章

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 まだ早い時間だったせいもあり、お店の中に他のお客はいませんでした。寡黙そうな髭のおじ様店員がお酒の瓶の並んだカウンター内に立っているだけ。  席はその店員さんのいるカウンターと4人掛けのテーブルが一つ、それに壁に向かって設置された細長いテーブルの前に並んだ背の高い椅子が選べましたが、木下先生は迷わず壁の前のテーブルへと向かいました。  どうしてこの席に、というのは倫子さんも実際に座ってみて分かりました。目の前が壁だから余計なものに目移りせず落ち着けるのと、並んで座るのでお互いの距離がとても近いんです。 「こういうところ、初めてだわ。よく来るの?」  はるか昔に行った隆さんとのデートなんてファミレスくらいでしたからね。ショットバーというお店が醸し出すオトナな雰囲気に、倫子さんはドキドキが止まりません。  木下先生は鼻の脇にあるちょっと大きめの黒子をぽりぽりと照れくさそうに掻きながら言いました。 「僕も初めてですよ。友だちにこの辺りで雰囲気のいい店は無いかってリサーチしておいたんです」  その発言は怪しいですね。  ここまでの道筋も迷わなかったですし、他の女性と何度も来ているんじゃないかと倫子さんは疑いましたが、まぁいいです。そういうことにしておいてあげましょう。  倫子さんはお酒に強いわけではないので、店員さんにお願いして、度数低めの甘めのカクテルにして貰いました。オレンジ色の綺麗なカクテルです。  木下先生はジントニックを頼み、額が触れるかと思うくらい2人で見つめ合って乾杯を。  あぁ、本当に夢のような時間でした。  お酒は美味しいし、フードメニューはほとんど無かったんですが、あの倫子さんがプチトマトとオリーブのピンチョスとチーズをひとかけら、それにミックスナッツをつまんだだけでお腹いっぱいになったんですよ!  どれだけ胸がいっぱいになっていたか、それだけでもお分かりいただけるかと思います。 「さっき言ったこと、僕は本気ですよ」  その言葉を裏付けるように、テーブルの下では彼の指が倫子さんの手を弄っていました。
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