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「僕はミチコ先生が好きです。」
耳朶を揺らすその言葉に「本当に? どこがいいのよ、私の?」と、倫子さんは咄嗟に疑問形の返答をしてしまいました。
だっていまだに信じられないんですよ。
こんな美人でもない太ったおばちゃんを好きになってくれる男性がいるなんて。
「全部ですよ。ミチコ先生の人柄とか、生き方とか、可愛らしさとか全部」
木下先生は倫子さんを見つめて微笑むと、有言実行という意味なのか、そっと顔を寄せキスしてきました。
アルコールの香りがほんのり漂う唇に、直接頬に当たる熱っぽい息遣い。
それらは倫子さんを一瞬でぽおっとさせるには、十分すぎる代物でした。
既婚者ならはっきりと拒むべきだったのでしょうけどね。このときの倫子さんはきっと、口内を犯す彼の舌に魂まで絡めとられていたんです。
長く激しい口づけが終わる頃には、倫子さんの方も彼の想いに応えるように、掴まれた手を強く握り返していました。
それは触れ合ったところから、お互いが溶けて混ざり合っていくような感覚で。
隆さんに対しては感じたことのない、艶めかしくも愛おしい気持ち……まさに恋をしている、大好きな相手だからこその興奮だったのだと思いますし、お酒に酔っていたせいもあるんじゃないかと思います。
アルコール度数は低めでお願いしたはずなんですけどねぇ。ここ数年、飲みに行く機会もありませんでしたから、お酒にもめっきり弱くなっているんですよ、きっと。
「……場所、変えましょうか」
何度となく熱いキスを重ねるうちに、木下先生が言い出しました。
どこへ?、と聞くのは野暮ってものでしょう。
彼の手指は、このときには倫子さんの指だけでなく膝やら腰やらにも触れていまして、彼がその先を求めていることは十分に感じていました。倫子さんだって際どいところを撫でられているうちに、焦れったいような体の疼きを覚えていたくらいです。
気を遣って奥へ引っ込んでくれていた髭の店員さんを呼び出して会計を済ませると、二人は指を絡めたまま表へ出ました。
ずっと地下にいたので気付きませんでしたが、辺りはすっかり暗くなっていまして、それでも繁華街ですから光は溢れていて人の通りも多いです。
もしも誰かに見つかれば大変なことになる……それくらいは酔ってぼおっとしている頭でも理解していましたが、それでも倫子さんは木下先生が愛おしくて、その手を離すことができませんでした。
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