7章

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 このままどこへでも行ってしまいたい。  確かにこの瞬間までは本気で思っていました。  自分が既婚者であることも、子どもたちのことも、意識からは吹っ飛んでいましたよ。  だって、初めての恋なんです。こんなにも大好きだと思える人から好きだと言ってもらえるなんて、心が沸き立たないはずがありません。  今夜くらいは、一生に一度くらいは心のままに行動したっていいじゃない……そんな甘えのような気持ちもありました。  しかし、裏通りを更に奥へと進み、ホテル街の怪しげなネオンサインを目にした瞬間、倫子さんの足は凍り付いたのです。 「……あ」 「え?」  突然の尻込みに、この時にはもう、完全にOKを貰っていると思い込んでいた木下先生がぎょっとした声を上げましたが、倫子さんは慌てて彼の手を振りほどきました。 「あの……私って、こういうのは無理で……」 「ミチコ先生?!」 「ごめんなさい!」  敵前逃亡もいいところですよ。  夢見心地でいい気になっていた自分のみっともなさと、木下先生への申し訳なさで頭がパンクしてしまった倫子さんは、何もかもを捨て去るように全力で元来た道を走り出しました。  でもこのまま突き進むことだけは、できないんです。だって……だって……倫子さんは脱いだら酷いんですもの!  まずはムダ毛の処理。まさかそこまで発展するとは思っていなくて、今日は何も準備をしていなかったんです。  今日の下着のチョイスも最悪。ブラとショーツがお揃いで無いのはもちろんのこと、穿いているのは大きくせり出した下腹をすっぽり包んでくれるハイウエストな綿パンツ。おばちゃん感満載です。  そして、さらにさらに倫子さんののぼせ切った頭を冷やすことになったのは、パンティライナーの存在でした。  パンティライナーとは軽い尿漏れを吸収してくれるナプキンで、簡単に言えば生理用品をもっと薄く小さくしたものです。  倫子さんてば、くしゃみをするなどで不意にお腹に力が入った瞬間、腹圧性尿失禁という名の尿漏れを起こすようになっていましてね。だから日中はいつも、綿パンツにこの尿漏れパッドをつけているんです。
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