8章

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8章

 7月下旬、学校が夏休みに入るとすぐ、倫子さんは仕事のある隆さんを残し、子どもたちを連れて実家へ帰りました。  一週間ほど滞在する計画です。  別に格別の用事があったわけでも元々予定していたわけでもありませんでしたが、有紗の受験もあって去年は一度も帰省していなかったのでそろそろ顔を出さねば、と思っていたのと、滉大の足が現在、野球はできないけれど日常生活には支障をきたさない、という回復状況なので、これからまた野球漬けの日々が始まる前に遠出してしまおうか、と考えたからです。  いえ、そのあたりの事情は全部言い訳かもしれません。要は倫子さん自身が学校へ出勤したくなかっただけ……だって学校へ行けば木下先生がいるからです。  実はあの夜の脱走事件の直後から、倫子さんは木下先生に会っていません。翌日から彼は風邪をこじらせたとかで長い休みに入ってしまっていたんです。  もちろんそんなのはただの口実でしょうね。  彼の方も倫子さんに会いたくない……いえ、もしかしたら会わせる顔が無い倫子さんに気を遣って休んでくれているのかもしれません。  社会人としてそんな身勝手な理由でのお休みは良くありませんが、幸いなことにこの週から期末試験が始まったので非常勤の教師が一人いなくても授業面で困ることは無く、木下先生の受け持っていたクラスの分まで採点作業をやらされることになった先生たちには気の毒な話ですが、いまだどうしていいか答えの出ていない倫子さんとしてはこの執行猶予期間をありがたく思っています。  病院へ行ったら季節外れのインフルエンザと診断された、との口実で10日ばかり休むことになった木下先生ですが、しかし試験期間が終わり、一学期の終業式が済んだ頃には復帰してくるはず。  夏休みには成績不振者を対象にした英語の補習も行われますからね。  ここで鉢合わせにならないよう、倫子さんは終業式の翌日から休暇を取ることに決めたのです。
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