8章

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 恐らく、塾の中でそんな話を仕入れてきただけなのだとは思いますけど、よくもまぁこんなに説得力のある話をできるものです。  倫子さんだって、そろそろ滉大の受験準備を考えなきゃいけないなぁとは思っていたので、ここまで見事な説得をしてくれるのはありがたいのですが……。 「まぁ、受験については、お父さんとも相談してみないとね」  話を勝手に進めるのもよくない、と倫子さんがやんわりと制止をかけると、有紗はぷうっと顔を膨らませました。 「お父さんなんて絶対OKって言わないよ。余計なお金がかかるの嫌なんだもん。だから先にこっちのやる気を高めて有無を言わせないようにしないと」  この子は本当によくお分かりで。  有紗の時は短期の冬期講習から始めていくことで、必要経費についてはその全貌を明らかにせず騙し騙し進めていきましたが、隆さんも今度はどれだけお金がかかるものであるかよく理解しているでしょう。  締まり屋の彼は息子まで中学受験なんて、了承してくれないはず。  それでもやりたいのなら、どうしても、という本人の強い意志が必要なのです。  しかし根っからの野球少年である滉大に勉強の話をしたところでぴんとくるものはなかったようで、姉の熱弁に根負けした彼は「……まぁ、考えとく」と、頼りない逃げ口上を述べると狸寝入りを決め込んでしまいました。  もちろん、有紗は不満げです。 「あんたのこれからのためには大切な話なんだけどなぁ。よし。じゃあ今からおばあちゃんも説得して味方につけておこう!」  えいえいおー、と拳を握りしめる有紗の何と頼もしい事でしょうか。  いやぁ、弟の将来のためにお手間かけます、お姉さま。 * * *  有紗の母方のおばあちゃん、つまり倫子さんのお母さんは教育熱心です。  自身は農家に生まれ、若くして農家に嫁いだもので、全く勉強をしてこなかった人ですが、それだけに勉強に対する憧れが強いのです。 「私に学があれば、こんな辛い思いはしなくて良かったのにねぇ」  それがお母さんの口癖でした。  嫁ぎ先は家長であるお爺さんの権限が強く、お嫁さんなんて給料のいらない労働力扱い。朝から晩まで田畑へ出て、家事をこなして、と牛馬のごとくこき使われていました。  逃げ出したいと何度思ったか分からないそうですが、出て行ったところで高校までしか出ていないお母さんにはお金を稼ぐ手段がありませんでした。実家はすでにお兄さん夫婦が幅を利かせていたので、子どもたちを連れて帰るわけにもいきません。 「()っちゃん。あんたは勉強しなさい。女の子もね、自分で自分を養えるように手に職をつけなきゃだめなんだよ」  お母さんの強い願いで倫子さんは地元の公立大学まで進学しました。
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