8章

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「まぁ、街の人にとってはこっちの風習なんて理解できないだろうからね。仕方ないよ」  お母さんも倫子さんと同じで、最後に仕方ないね、と諦めて物事を受け入れる性格です。  毎年理不尽な降り方をする大雪に悩まされているこの地域の人たちは、どんなことでも逆らうより辛抱した方が楽だと、本能的に理解しているのかもしれません。  さて、昼ご飯を食べ終えた有紗と滉大ですが、帰省していると聞きつけた隣家に住む従兄弟たちの訪問を受け、鉄砲玉のように遊びに行ってしまいました。  そんな子どもたちを見送り、一人食卓に残った倫子さんが食後の温かいお番茶をいただいていると、お母さんは棚からみたらし団子のパックを取り出しました。 「これ、好きだったでしょ。買っておいたのよ」 「あ……」  当然のようにお菓子を勧めてくるお母さんに対し、倫子さんは断るタイミングを失ってしまいました。  いえね、木下先生との一線を越えられなかった理由の一つが体型の問題でしたから、このところこういうものを食べることに抵抗があって。  それでもここで倫子さんが好物を食べなかったら、お母さんはさぞかし心配することでしょう。  倫子さんが渋々団子を口に運んでいると、お母さんがふと思い出したように言いました。 「そういえば、康子ちゃんって覚えてる? ほら、中学まで一緒だった子で、御稲荷さんのお社の先に住んでた」 「あぁ。あの子がどうしたの?」 「結婚して街に出てたけど、先月から子供連れて帰ってきてるのよ。あの子自身の不倫が原因で離婚だって」  お母さんは顔をしかめながら言いました。  田舎は人づきあいが濃密なだけに、各家庭の情報が回るのも早いものです。特にこのように残念なお話はあっという間に伝播します。  康子ちゃんという子は、倫子さんが帰省したからと言ってわざわざ会いに行きたいほど親しい間柄ではありませんでしたが、子どもを連れて帰ってきたら人目を引くのは分かっていたのに、そうせざるを得なかった彼女のことは案じられました。 「ふうん……でも、不倫が原因で別れたなら、相手の人とやり直せばよかったのに、どうして戻ってきたんだろ」 「そりゃ不倫相手としては単なる遊びだったんだよ。よその子の父親になるほどの覚悟はなかったってこと。でもその遊びのせいで家庭が一つ壊れたんだからね。康子ちゃんもどうかしてるよ」  お母さんは康子ちゃんに対して批判的な様子でしたので、倫子さんは身が縮こまる思いがしました。  あの時酔いに任せて木下先生に身をゆだねていたら、倫子さんだって同じことになっていたかもしれないのです。
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