召し上がれ

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 ふっふふふーん。やだ、私。また鼻歌歌ってる。いっつもそうなのよね。隣で彼が気持ちよさそうに寝てるその寝顔を見ていると、いつも気分が上がちゃうの。なんかワクワクしちゃって。  今日も沢山食べてくれた。無くなったお皿を見ていると、作ってよかったって思う瞬間かな。  包むの。とにかく包んで食べてもらうの。それが、私のやり方。そっちの方が何が入っているか見えないから、なんかワクワクするでしょ? だって、見えるものより見えないもの方が未知って感じでしょ? 私はとにかく、そうやって食べてもらうのが好き。だから、彼にもこうして食べて貰ったの。  この事を人に話すと、怖いって言われたことがあるわ。まあ、言いたいことはわかる。口に入れるものだから、視覚で確認をしたいってことね。うん。まあ、気持ちはわかるわ。  何が言いたいのかっていうと、あなたは餃子を食べることは怖くないのかってこと。だって、あの中には何が入ってるのか分からないわよ。肉と野菜。そう思い込んでいるから餃子を食べていることになっているけど。でも、本当にそうかしら? 事実は分からないわ。焼売も同じ。コロッケだってそう。皮や衣の中身は、包んだ人間にしか分からないのよ。そういう事を踏まえて、だから私も包むの。  本当に包まれているものって、作った本人にしか分からないの。だから彼はきっと、定番のパイだと思って食べたはずだわ。いつものミートパイ。  何度か作ったことはあるの。皆んなおしいそうに食べてくれてた。中には、一度に3つも食べてくれたこともあったわ。大食漢だなぁって思いながら、その人を見ていた。たくさん食べる人ってすごいよね。あれだけの量がどこに入っているんだろうって、いつも不思議に思えちゃう。だから、今日も楽しかった。一生懸命作ったこのミートパイが無くなっていくのを見ていることが。  無くなるっていいわよね。ありふれるより、無くなって消えていってくれる方が、なんか私的にはうれしいわ。だって沢山ありふれていると、何がなんだかわからなくなっちゃうから。なんか、お気に召さなかったのかなって思うじゃない? 作り甲斐があるってことよ。私のお母さんもよく言ってたな。作った人の為にも出されたものはきちんと食べなさいって。だから私は、食べる時はいつもそうしてきた。お皿の上が綺麗になくなるまで食べるって。何も残さないって。でも、それが私を変えたのかもしれない。  だって、食べたら太っちゃうでしょ? 今では面影がないけど、昔は今よりも三十キロ近く体重があったんだよ私。考えられないでしょ? 自分でも考えられないの。だから、たくさん馬鹿にされてきたな。デブ。豚。それに関取。他にも、たくさんのあだ名をつけられた。もちろん、心地良いものではなかった。だって、女として見られていないんだから。それって酷だよ。その辺の犬や猫の方が可愛く見られてるんだから。だから私は決めたの。ダイエットをして綺麗になってやるって。こいつらを見返してやるって。  その結果これよ。痩せて、メイクも上手くなって、街で男から声をかけられるようになったんだから。あの時に、私を馬鹿にした奴らを見返した気分よ。だけど、なんかそれだけじゃ物足りなくなったの。何故かは、わからない。気が付いたら、そう思ってた。  そんな時期に、家に同窓会の案内状が届いたの。私はもちろん参加することにした。みんなに綺麗になったって言ってもらいたくて。だけど、そんな私の期待は、妄想のまま終わった。  私は、張り切って同窓会に出かけた。そのせいか、ずいぶんと早く到着してたみたい。それで、その指定されたお店の前で、何人かと出会った。  私は、思わず手を振ってしまった。だけど、何も返してくれなかった。素通り。素通り。素通り。誰も私の事に気付きもしない。思い出そうともしない。首を傾げて怪訝に見てくるだけ。でも、さすがに店の中に入れば、他の誰かは、気が付いてくれると思った。だから、期待して店の中に入った。だけど、誰も気が付いてくれなかった。仲の良かった梨沙でさえも。  正直、ショックだった。私なんて影すら残っていない感じだった。面影くらい残っているでしょうに。  もちろん、すぐ家に帰った。部屋に入ると、おもいっきり鞄を投げつけてやった。たくさん泣いた。とにかく、悔しくて仕方がなかった。  もうどうすればいいのか、訳がわからなくなった。あいつら、あれだけ人の事を傷付けておいて、何も覚えてないんだから。  その時、思ったの。たくさん泣いた後に、思ったの。仕返しがしたいって。  誰もが届かない高嶺の花になってやる。いっその事、誰も手に届かないような存在になってやる。そう決めたの。それには、今のままじゃダメだと思った。男に声はかけられるけど、これじゃあ、まだ足りないと思った。  悩んだ末、顔を変えてさらに美しくなってやろうと思った。一度そう思ってしまえば、怖さはなかったわ。だって私は、美しくなりたいんだから。  そうと決めれば私は進むべき道は決まった。決まったと思ったの。でも、違う所に、道はあった。    たまたま見つけたネット動画。それが私の事を振り向かせた。それを見ていると、私は何か新しい扉が、一気に開いていくような感じがしたの。それが料理。  動画に映る女性は、胃袋を掴ばこっちのも。そんなキャッチフレーズで料理を作ってた。それは、私を釘付けにさせた。  その映像は、キラキラと輝いて見えたの。私の胸に突き刺さっていたわ。どうしてもっと早く思いつかなかったんだろうって思った。昔から自炊してたのに。料理は苦手でもなかったのに。  だけど、昔から作ってはいたけど、人に食べさせたことなんて一度もなかった。だから、とりあえず試してみることにしたの。  試しに、前から気になっていた職場の同僚の人にお弁当を持っていってみた。その人は、笑ってお弁当を受け取ってくれたわ。その後、お前って飯が美味いんだなって、褒めてもらった。それに、また作ってよ。なんて言われっちゃた。すごく嬉しかった。そのメッセージは今でもスマホに残してあるわ。それが、私の原点でもあるから。  私浮かれちゃって、それから毎日その人にお弁当を持っていくようになった。すると、その人は毎日私の事を褒めてくれた。だから、私には人の胃袋を掴めるんだって、自信を持つ事ができたの。あれって本当なんだね。人の胃袋を掴めばいいってやつ。その後、その人が家に晩ご飯を食べに来るようになったんだから。  初めて家に来た時は、事前に聞いた彼の大好物のハンバーグを振る舞ってあげたの。彼は想像以上に、美味しそうに食べてくれたわ。本当に、あっという間にペロッと無くなっちゃたんだから。  彼は、すごく喜んでくれてた。それには、とっても嬉しかったわ。こんなにも嬉しい事なんだって実感した瞬間だった。その後、とってもいい雰囲気になってね。そのまま私達は結ばれたわ。  その時間はすごく幸せなものだった。このままこの人に尽くしていこうとも思った。それが過去に私を軽蔑した人間への報復だとも思った。幸せになれば報われる。そう信じてた。とにかく幸せになりたかった。だけど、そんな幸せは簡単に壊れてしまったわ。  彼には恋人がいたの。職場の同僚が、まあ、ご丁寧に教えてくれたの。もちろん私は、すぐに彼に問いただしたわ。すると、あの人。簡単に開き直りやがるの。何も聞かれなかったからだって。そんな馬鹿な話があるもんか。とにかく信じられなかった。  私は職場で周りを気にせずに泣いてしまったわ。悔しくて仕方がなかった。その時、周りの目がとても哀れな物を見るような目に見えてね。みんな敵にしか見えなくなってた。  だから、仕返しをしないと気が済まなくなった。過去に私を軽蔑した全ての人間を含めて。  私はその人に、遊びでもいいから関係を続けて欲しいと嘘を言った。案外ちょいもんでね。簡単に頷いてきたわ。それからも変わらずお弁当も毎日作って持っていった。全て復讐のためだと自分に言い聞かせてね。  その時、私は決めていたの。あらゆる憎しみと怒りを包んだものを作ろうって。それがミートパイ。  あの人は、変わらずノコノコと家にやって来たわ。私は以前と変わらないように自分を演じた。心で嘲笑いながら。  お皿に載せたミートパイは、あっという間に無くなったわ。男は満足そうな顔で、旨かったって言葉を寄越してきた。だけど、そんな言葉は私の胸にはもう、何も響かなくなっていた。  その後すぐに、眠くなったなんて言うから、私はソファーを勧めてた。そこで横になったのが最後。あの人は、その後私の思い通りになったわ。  それが最初の一歩だった。それから侮辱した人間。軽蔑した人間に、ミートパイを振る舞って決めたの。一度やってしまえばもう感覚が麻痺してたのかな? そうしないと気が済まなくなっていたわ。こうして隣で眠っている人を見ていると、どうしようかと考えるだけで、ゾクゾクするの。  彼の寝顔は、昔と変わらない。よく見ると、面影が残ってる。  その顔は、今でも憎くて仕方がないわ。侮辱してきた学生時代。無視した同窓会。これまでに、私を侮辱した過去を後悔すればいいわ。  お友達にも、教えてあげるといいわね。私がこれから会いに行くから、待っててねって。まあ、教えてあげれるならね。  これは、大切な人には、さすがにやらないわよ。だって、好きなんだから。  憎くて、嫌いだからこそやる意味があるのよ。だって気に食わないじゃない。  実はね、昔、お母さんがやってるのを見たことがあるの。  お母さんがお父さんと喧嘩した次の日、いつもミートパイだったの。その時お母さんは、いつも鼻歌を歌いながら、楽しそうに作っていた。  結局私も、お母さんと同じなんだと思った。  何入れたのかって? それは秘密。絶対に教えない。知らない方があなたのため。それに、私のためでもある。知らなくていい事ってあるでしょ? それよ。もし仮に、それをあなたが知ってしまえば、もしかしたら私は、あなたにミートパイを作る事になるかもしれない。
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