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会社の花子さん
この会社には、”花子さん”がいる。
もちろん、トイレの奥から三番目の個室に住んでいるわけではない。
ごく普通のアパートで一人暮らしをし、普通の会社の総務課で働いている大人の女性だ。
名前が”花子”というわけでもないし、赤い吊りスカートをはいているわけでもない。
なのにどうして、彼女がそう呼ばれるようになったのか。
それは……。
「あの、すみません」
三回目に声をかけると、やっと、前を歩いていた男性の肩がビクッと震えた。
怖々と振り向いた彼に、手にした書類を見せる。
「これ、課長印がもれていましたので」
「は、はいっ、すみません」
奪い取るような勢いで書類を手にすると、彼は走り去ってしまった。
いつものことながら、呆れてしまう。
私はため息を一つもらすと、くるりと回れ右をして、総務課に戻った。
「うわ、花子さんだ」
「相変わらず、黒っぽいオーラが出てるよな」
「俺なんか昨日、いきなり後ろにいたからびっくりしたって」
総務課の入り口に立っていた男性社員たちが、私をチラチラ見ながら噂話をしている。
全部、聞こえておりますが。
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