15人が本棚に入れています
本棚に追加
どれほど踊っただろうか。
参加者に勧められるがまま、幾人もの女性とダンスを終えた王子だったが、流石に限界だった。
「申し訳無い、少し休ませて貰えるかな」
そう言って王子はメインフロアを少し離れ、壁際の椅子に腰を下ろした。
「お疲れ様です、殿下。ワインをどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
何処かの貴族の令嬢と思しき人物がワイングラスを差し出した。それを受け取ると、王子は一息にグラスを煽る。よほど喉が渇いていたのだろう。
「いくら殿下でも、会場にいる全ての女性と踊るのは難しいのではありませんか?」
「ははは、貴方のおっしゃる通りですね。シルヴィア嬢」
力なく笑った王子の言葉に、貴族の令嬢は目を丸くした。
「あら。わたくしをご存知で?」
「アベニウス伯爵のご息女でしょう。お会いする機会こそありませんでしたが、お名前とお姿くらいは」
「これは光栄なことですわ。わたくし風情が、殿下のお心に少しでも留まっていたなんて」
ドレスの裾を軽く摘まんで持ち上げると、シルヴィアは深々と頭を下げた。
「そんな大層な話では――」
グラスをテーブルに置き、王子が銀の皿に盛られたフルーツに手を伸ばしたまさにその瞬間。
何か小さな黒い影が銀の食器の間で蠢いた。
「痛っ!」
慌てて王子が手を引っ込める。人差し指の先端からは微かに血が流れていた。
「で、殿下っ!?」
傷ついた当人以上に取り乱したのがシルヴィアだ。
「大変ですわ! 殿下がお怪我を!」
その一言に会場が一気に静まり返る。次の瞬間には、蜂の巣を突いた様な大騒ぎだ。皆ダンスなど止め、たちまち王子を取り囲むように人垣が出来上がる。
そうなると居心地の悪そうな顔を浮かべるのは王子の方だった。
「そんなに騒がないでおくれ。怪我と呼べるような怪我では無いんだから」
既に指先の出血は止まっている。皆の心配そうな顔を前に、バツの悪い表情を浮かべつつ王子は席を立った。
――いや、立とうとした。
ガタンッと音を立てて椅子は倒れ、王子はそのまま床に倒れこんだ。
「あ、あれ? どうしたんだろう」
その後も幾度も立ち上がろうと足に力を込めるのだが、王子の身体は思うように動かない。それどころか額にはびっしりと脂汗が浮かび、発する声も弱々しい。尋常ならざる様子であると一目でわかった。
その様子を見て、周りを取り囲む参加者たちの間にも動揺が走る。
最初のコメントを投稿しよう!