第一章 王子の憂鬱

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 どれほど踊っただろうか。  参加者に勧められるがまま、幾人もの女性とダンスを終えた王子だったが、流石に限界だった。 「申し訳無い、少し休ませて貰えるかな」  そう言って王子はメインフロアを少し離れ、壁際の椅子に腰を下ろした。 「お疲れ様です、殿下。ワインをどうぞ」 「あぁ、ありがとう」  何処かの貴族の令嬢と思しき人物がワイングラスを差し出した。それを受け取ると、王子は一息にグラスを煽る。よほど喉が渇いていたのだろう。 「いくら殿下でも、会場にいる全ての女性と踊るのは難しいのではありませんか?」 「ははは、貴方のおっしゃる通りですね。シルヴィア嬢」  力なく笑った王子の言葉に、貴族の令嬢は目を丸くした。 「あら。わたくしをご存知で?」 「アベニウス伯爵のご息女でしょう。お会いする機会こそありませんでしたが、お名前とお姿くらいは」 「これは光栄なことですわ。わたくし風情が、殿下のお心に少しでも留まっていたなんて」  ドレスの裾を軽く摘まんで持ち上げると、シルヴィアは深々と頭を下げた。 「そんな大層な話では――」  グラスをテーブルに置き、王子が銀の皿に盛られたフルーツに手を伸ばしたまさにその瞬間。  何か小さな黒い影が銀の食器の間で蠢いた。 「痛っ!」  慌てて王子が手を引っ込める。人差し指の先端からは微かに血が流れていた。 「で、殿下っ!?」  傷ついた当人以上に取り乱したのがシルヴィアだ。 「大変ですわ! 殿下がお怪我を!」  その一言に会場が一気に静まり返る。次の瞬間には、蜂の巣を突いた様な大騒ぎだ。皆ダンスなど止め、たちまち王子を取り囲むように人垣が出来上がる。  そうなると居心地の悪そうな顔を浮かべるのは王子の方だった。 「そんなに騒がないでおくれ。怪我と呼べるような怪我では無いんだから」  既に指先の出血は止まっている。皆の心配そうな顔を前に、バツの悪い表情を浮かべつつ王子は席を立った。  ――いや、立とうとした。  ガタンッと音を立てて椅子は倒れ、王子はそのまま床に倒れこんだ。 「あ、あれ? どうしたんだろう」  その後も幾度も立ち上がろうと足に力を込めるのだが、王子の身体は思うように動かない。それどころか額にはびっしりと脂汗が浮かび、発する声も弱々しい。尋常ならざる様子であると一目でわかった。  その様子を見て、周りを取り囲む参加者たちの間にも動揺が走る。
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