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「申し訳ございません。少し、道を開けていただけますか」
ざわつく会場に、低い声が響いた。
声量は決して大きくない。それどころか聞き取るのがやっとなほどに小さいのに、どういう訳か、その声は会場の全員にはっきりと聞こえた。
皆の視線が声の主へ集中する。
人垣のように王子を取り囲む参加者たちの外側に、人が立っていた。目深にフードを被り、真っ黒なローブに身を包んだ姿からは性別さえも定かではない。
だが、その場にいる全員がその人物を知っていた。
「魔女だ」
「どうして魔女がこんなところに……」
参加者たちの騒めきが一層大きくなる。参加者らが『魔女』と呼ばれる人物に向ける眼差しは、軽蔑や侮蔑。汚らしいものを見る目つきだった。
「聞こえませんでしたか? 申し訳ございませんが、道を開けていただけますか。聞いていただけないのなら、無理にでも通らせていただきますが」
魔女はローブの裾を引きずるようにして歩きだした。
参加者たちは、まるで魔女を避けるかのように慌てて道を開ける。
魔女は参加者たちの人垣を抜け、床に伏したままの王子の傍らにしゃがみこんだ。
「殿下。ご無礼をお許しください」
一言断りを入れると、魔女は王子の手を取った。先ほど、僅かな出血をしていた指先をマジマジと見つめる。
「何かに噛まれましたね。どうやら、生き物を介した呪いのようです。お見苦しい様をお見せしますが、ご容赦ください」
魔女はそう告げるとローブの中から一匹の蛇を取り出す。まだ生きており、魔女の手の中から逃れようと身をくねらせていた。更にナイフを取り出すと、魔女は慣れた手つきで蛇の腹を切り裂いた。
「きゃぁぁぁぁ!」
その様子を見ていた参加者の中から悲鳴が上がる。無理もない。
しかし、魔女はそんな悲鳴など意に介することも無い。生きたまま腹を裂かれた蛇から肝を取り出すと、自身の口へ放り込み噛みつぶした。
群衆からはさらに大きな悲鳴が上がる。
魔女は数枚の葉を取り出すと、葉の表に噛み潰した蛇の肝を塗り付ける。そして王子の傷に押し付けた。
「な、何をするんだ! 汚らわしい魔女め!」
誰かの怒声が聞こえた。それを皮切りに群衆の中から次々に声が上がる。
「そんな汚らわしいもので、殿下の容態が悪化したらどうするんだ!」
「生きた蛇を捌いて口にするなんて……汚らわしい!」
沸き起こる怒声に対し、魔女は一言も応えない。ただ黙々と蛇の生き胆が塗り付けられた草を王子の指先に紐で固定していた。
「止めろと言ってるだろ、魔女め!」
反応すらしない態度が気にくわなかったのか。遂には一人の恰幅の良い男が拳を振り上げながら進み出た。
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