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第二章 魔女のお仕事
ユリウス王子が婚約者を選んだ。
この衝撃的なニュースは瞬く間に国中へ広がった。王子が婚約者を選んだというだけでも一大事なのに、その相手が魔女と言うのだから、国中、上を下への大騒ぎだ。
これに頭を悩ませたのがユリウスの父、ウィルヘルム王だった。
「ユリウス。考え直す気は無いのか?」
息子を私室に招いた王は弱り顔で尋ねた。
「これまで婚約者を決めろと何かにつけて言っていたのは父上ではないですか」
「それはそうだが。何故、魔女などと言う相手を選ぶのだ」
「彼女はわたしの命の恩人です。それに、心無い言葉を浴びせられても相手を許す慈悲深い精神。罵られることを承知でわたしを助けてくれた献身さ。どこをとっても素晴らしい、王族に相応しい人ではありませんか」
困惑を隠しきれない王とは対照的に、王子は胸を張って力説する。
王子の言葉が嘘でないことは王も知っていた。だからこそ、王も頭が痛いのだ。
「恩人と言うが、そもそも奴は王室に属する身。職責を果たしたに過ぎん」
これもまた事実であった。装いや振る舞い、職務へのイメージから魔女などと呼ばれて敬遠されているが、彼女はれっきとした王室が抱える薬学の研究者。毒や呪いの治療は職務の一環である。
「――それに、お前も王族ならば分かるだろう。血筋というものがあるのだ」
言いづらそうに王は付け加えた。
「結局はそれですか」
それを聞き王子は大きく溜息を吐いた。
「わたしも王家の人間。世が世がであれば、政略結婚の一つも覚悟はしております。しかし、幸いなことに今はそのような情勢でもありません。王族の一員として相応しくない輩を拒むというのならともかく、血筋に固執するというのは如何なものでしょうか」
「うぅむ……」
朗々と語る王子を前に、王は遂に黙り込んでしまった。無論、王子の言い分を認めた訳では無い。単に何も言い返せなくなってしまっただけだ。
「そ、それで当の本人はなんと言っているのだ」
すると今度は王子が顔を曇らせる番だった。
「……恐れ多いことなので謹んでお断り致します、と」
それを聞いた王は途端に顔を綻ばせた。
「そうかそうか。如何に王族とは言え、相手の意向を無視した婚姻は認められんからな。今回の件は縁が無かったと思って諦め、別の娘を婚約者に――」
「テレサ殿の意向を無視するつもりはありませんが、このまま直ぐに諦めるつもりもございません」
嬉々として話を片付けようとする王の言葉を王子は遮った。
「そういう訳で、これからテレサ殿のもとへ行って参ります。それでは」
王子の言葉を聞き、王は血相を変えて立ち上がる。
「待て、ユリウス! お前、あそこへ行くつもりか?」
王子は無言のまま一度だけ頷き、王の部屋を後にした。残された王は倒れるように椅子に座り込んでしまった。
「骸の窖に王家の人間が通うとは……」
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