第二章 魔女のお仕事

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 骸の窖。それは城を取り囲むように生い茂る森の中にあった。簡単に言えば共同地下墓地。身寄りのない遺体や、引き取り手のない遺体が葬られる場所――というのは、随分と取り繕った表現か。  実態は行き場のない遺体を放り込んでいるに過ぎない。  そんな死に塗れた場所が、魔女にとっては仕事場だった。 「一国の王子がこのような場所に……。正気ですか」  腐臭漂う遺体から目を離すことなく、魔女は呆れ気味に溜息を零す。 「確かに臭いはキツイが、こうでもしなければ貴女に逢えない」  布で口元を抑えながら王子は応えた。魔女は更に大きな溜息を吐いた。 「臭いの問題ではありません。例えば、この遺体。付近の村から持ち込まれたものです。死因は流行り病――」  そこまで聞いた王子は、慌てて遺体から距離を取る。狼狽する王子を見て、魔女の口元が微かに笑みに歪んだ。 「――ではありませんが、どんな危険があるのか分からないのですよ」 「お、驚かすのは止めてくれ」  魔女の冗談だと気づいた王子は胸を撫でおろす。 「ですが、流行り病で亡くなった遺体があるのも事実です。そのような場所に殿下自ら足を運ぶというのは、いささか軽率なのではありませんか?」  魔女は王子の方へ向き直り問いかける。相変わらず目深に被ったフードの所為で魔女の表情こそ見て取れないが、王子を窘める厳しい口調は真剣そのもの。道理にかなった魔女の言葉に、王子も頷く他なかった。 「そうだな。軽率な行動だった。申し訳ない」  王子は腰を折って頭を下げた。このような姿勢が、国民からの人気を集める理由だろう。 「分かっていただければ十分でございます」 「しかし、此方から赴かなければ貴女が逢ってくれぬのも事実だ」  満足げに応じる魔女だったが、王子の言葉はさらに続いた。 「だからどうだろう。今後は地下墓地の中までは入らない、というところで手を打つというのは」 「逢うのを諦める、というお考えはないのですね」  無言のまま頷く王子。魔女も諦めたように項垂れた。 「どうぞご随意に」  それだけ告げると、魔女は再び目の前の遺体に向き直り、遺体の状態を丁寧に観察し始める。 「何をしているのだ?」  好奇心から王子は尋ねた。 「遺体の見分ですよ。どのような特徴があるのかを調べて、それから死因を探るんです」 「――死因を探ってどうする」 「殿下、わたしが何の為に雇われているとお思いですか?」  魔女はチラリと王子を一瞥した。その口調からは幾分の軽蔑すら感じられる。大きな溜息を吐くと、魔女は遺体から目を離さぬまま言葉を続けた。 「例えば病で死んだと分かり、遺体に現れる兆候も分かれば、今後同じ病で倒れた者へ早めの対処も出来ましょう。また遺体から治療薬の研究も出来ます。遺体を漁り、解体し、呪いや毒や病の研究をする。――それがわたしの仕事です」  説明しながらも、魔女はどこからか取り出したナイフで遺体の腹を割き、内臓の様子まで丁寧に見分していた。その様は人体実験を行う悪しき魔女のように見えなくもない。これこそ、彼女が人々から疎まれる要因なのだろう。  しかし、王子は魔女の言葉を聞き、感慨深げに何度も大きく頷いていた。 「なるほど。貴女のお陰でこの国の医療や薬学があると言っても過言では無い。やはり、貴女はもっと高く評価されるべきだ」 「――ただ研究が好きなだけです」  微かに照れ臭そうに魔女は言った。
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