第三章 魔女の憂鬱

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 このようなお触れが城下に通達されたのは、翌日のことだった。  正式に王子の名のもとに発布された以上、国民たちも従わない訳にはいかない。  しかし、特に面白くないのは貴族の娘たちだ。 「まったく。殿下はどうしてしまわれたのかしら。あんな国民を脅すような布告をなさるなんて」  とある侯爵家の庭で開かれた小さなお茶会。テーブルを囲んでいるのは三人の貴族令嬢たちだ。みんな豪華なドレスに身を包んだ、美しい娘たちである。  その中の一人、ルイス=オーグレンが不愉快そうに漏らした。 「脅すなんて。まぁ、正当な言い分とは言え殿下らしくない発布の仕方だとは思いますけれど」  紅茶の入ったティーカップを傾けながら、おっとりとした口調で話すのは舞踏会にも参加していたシルヴィア=アベニウス。 「決まっているじゃありませんか。あの魔女の所為ですわ」  苛立ちを隠すことなく甲高い声を上げるのはナタリー=オルソン。このお茶会の主催だ。 「全てあの汚らわしい魔女に誑かされているに決まってますわ」  自信満々に力説するナタリーの言葉に、ルイスも賛同するように頷いた。 「そう言えば、舞踏会での一件ですけど」  シルヴィアだけは賛同も否定もせず、突然思い出したように話を始めた。 「何かに噛まれて呪われたという話でしたけれど、殿下が一体何に噛まれたのか、未だに誰も分からないそうですわね」  シルヴィアが何を言い出したのか図りかねる二人は、不可解そうに首を傾げる。しかし、シルヴィアは気にした様子もなく言葉を続けた。 「何に噛まれたのか、どんな呪いだったのか、誰も分からないそうです。怖いと思いません? 呪いということは仕掛けた人間がいるんですから。事は殿下のお命を狙った暗殺事件だというのに、すっかり殿下の婚約問題に埋もれてしまって……」  二人の顔が青ざめる。  確かにシルヴィアの言う通りだ。誰かが王子を呪ったとするのなら、これは立派な暗殺未遂。国の重大事件である。 「そ、そんな一大事だというのに、どうして陛下も殿下も何もおっしゃらないのかしら」 「もしかすると、全てご存知なのではなくて?」  不安そうに怯えるルイスとは裏腹に、ナタリーは不適に微笑んだ。 「どういうことですの?」 「もし舞踏会での騒動が無ければ、殿下があんな穢れた魔女に熱を上げたりする筈ありませんわ。あの騒動で一番得をしたのは……誰かしら」 「それはもちろん、あの魔女――あっ!?」  ナタリーの問いかけに答えたルイスが何かに感づき、目を見開いた。何に感づいたのかを尋ね返すことも無く、ナタリーは頷き肯定の意を示す。 「僅か一夜にして殿下の愛と世間の注目を手にした穢れた魔女。彼女だけが今回の騒動で利を得ていますの。わたしくでも思い至るのですから、城内の誰も気づいていないとは思えませんわ」  あの魔女こそが騒動の首謀者。それが彼女らの至った真実だった。 「でも、彼女は殿下の求婚を拒んでいるのでしょう?」  シルヴィアが首を傾げた。それを聞いたナタリーは呆れたように肩を竦めて見せる。 「そんなものはポーズに決まってますわ。簡単になびかず、焦らして見せるのも恋の駆け引きというもの。現に、あの魔女は連日訪ねてくる殿下を追い返しもせずに歓迎しているじゃありませんか」 「それは……確かに」  あの魔女に恋の駆け引きなんて言葉は似あわない。そう思って困惑の表情を浮かべるシルヴィアであったが、王子の訪問を拒んでいないのは紛れもない事実。その点に関しては彼女も肯定する他なかった。
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