第一章 王子の憂鬱

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第一章 王子の憂鬱

 舞踏会の会場は実に煌びやかで華やかだった。  天井から釣り下がった豪奢なシャンデリアが会場を明るく照らし、並んだテーブルの上には参加者に振舞う為に用意された料理やワインがずらりと並ぶ。王国随一と言われる管弦楽団の奏でる極上の演奏が、更に舞踏会へ彩りを与えてくれる。  しかし、そんな最高の舞踏会だというのに、参加者たちは気もそぞろだった。  無理も無い。今日の舞踏会は、ただの舞踏会では無い。特別なのだ。 「殿下はそろそろお出でになるかしら」  口には出さずとも参加者全員の心中は同じだった。  そして、その時は訪れた。 「ユリウス殿下のおなりである」  老いた執政の一声に会場が一瞬にして静まり返る。  会場の奥からゆっくりと姿を表したのは見目麗しい男性だ。緩やかに波を打つ髪は金糸の如き美しさ。青き瞳は会場にいる女性たちの視線を一身に浴びた。  ユリウス=ストランド。  この国の王子であり、今宵の舞踏会を催した主催者でもある。  ユリウスは参加者たちに向かって静かに、そして深く頭を下げた。 「今宵、これほどの方々に参加していただき、主催者として誠に光栄です。まだまだ若輩者の身ではありますが、ゆくゆくは父に恥じぬ王となれるよう努める所存です」  割れんばかりの拍手が会場に鳴り響く。これが彼の人気だった。 「殿下。お眼鏡に適いそうな方はおりましたか?」  執政が王子に身を寄せ、声を潜めて語りかける。王子も周囲に悟られぬよう小さく溜息を吐いた。 「――挨拶をしたばかりではないか。それに、余は別に婚約者を決める気など……」 「なぁにを言っておいでですか!」  声のボリュームこそ変えぬものの、年老いた執政は声のトーンを張り上げる。 「一国の王子として、婚約者を決めておくというのは言わば職責のようなもの。殿下の我侭など聞いてはおりませぬ」 「相変わらず遠慮が無いな……爺」 「これも殿下を思えばこそ。殿下がいくつになろうと、教育係の務めにございます」  そう言って執政はニカッと笑った。それに釣られ王子も笑う。  この年老いた執政は王子にとって家族も同然だった。教育係として常に傍にいてくれたのは彼だ。実の父以上に親近感のある存在と言えた。 「ほら、ご令嬢たちがお待ちです。皆、王子の婚約者の座を射止めんと気合が入っておりますから、お気をつけ下さい」  王子は内心、頭を抱えていた。憂鬱とはこのことだ。  執政の言う通り、確かに婚約者を決めることは王子の務めではある。しかし、それこそが王子にとって目下最大の悩みであった。  笑顔の執政に送り出されるようにして、王子は参加者らの待ち受けるメインフロアへ足を進めた。
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