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俺は今日決心した。
いつもの食堂に入り、俺はいつものようにカツカレーライスを頼む。俺が大好きなやつだ。
その店はビルの地下にあり、古びた雰囲気のある店だ。
この店で食べるのはいつもこれだ。
初めて店に入ってカツカレーライスを食べた時から、妙に味が気に入り、今日までこの店ではカツカレーライス意外は食べたことがない。
俺の名前は田所雄一、会社をクビになって今は無職だ。
俺は派遣社員でプログラマーをやっていたが、今は不況で、ITバブルもはじけて仕事がめっきり減ってしまった。
こういう時は派遣社員から首を切られるのが普通だから、俺はあっさり会社をクビになってしまった。
何年も会社のためにつくしてきたのに、派遣社員というだけであっさり首切りかよ。俺は正規社員と同じように一生懸命働いていたのにな。
仕方なく俺は職業安定所で仕事を探してみたが、どれも給料の安い、誰もやりたくないような仕事ばかりだ。
老人ホームの介護の仕事だとか、農業の手伝いだとか。
人手不足で外国人を雇ってみたが、やつらも仕事がきつすぎて逃げ出すような、そんな仕事ばかりを紹介される。
そんな仕事なんかやっていられない。
俺はバイト雑誌を見てみたが、どれも肉体労働ばかりで、長年デスクワークばかりをやってきた俺には耐えられないような仕事だ。それに時給も安いしな。
というわけで、俺はまともに働くのを諦めた。
俺のアパートの近くに銀行がある。
そこではいつも決まった時間に現金輸送車がやってきて、警備員が銀行の中からカネを運び出す。それを偶然俺は目撃した。
だから俺はそのカネを奪うことにしたんだ。
俺の懐には外国人から手に入れた拳銃が入っている。
それは俺が仕事が見つからずにやけになって酒を飲み歩いている時に、たまたま繁華街の隅の方で外国人に話しかけられて手に入れることが出来たんだ。
最初外国人――たぶん中東かどこかのやつだと思うが、やつが俺に薬を売ろうとしたんだ。
俺は「薬なんかいらない」って言ったんだ。
それなのにそいつはしつこく俺に「いい薬あるよ」と言ってしつこく付きまとってきたんだ。
だから俺は冗談で「銃なら買ってやってもいい」と言ってやったんだ。
すると、その外国人は――たぶんアラブ人だろうな、ターバンなんかを巻いていたら、こいつはアラブ人以外に見えない、そいつはじっと俺の顔を見つめた後「こっち、こっち」と言って、路地の方に俺を連れて行った。
「ちょっと待ってて」と言って、そいつが雑居ビルの中に入っていくのを見た俺はしばらく待っていたが、やつが戻ってくる気配がない。
しょうがないので、俺が帰ろうとしたら後ろから「ちょっと、帰らないでよ」と言って、そのアラブ人? らしきそいつが紙袋につつんだ銃を持ってきたんだ。
「いくらだ?」と俺が聞くと「30万円」とそいつが言った。俺が「高すぎる」と言ったら「じゃあ、10万円でいいよ」と言うので、俺はそれを買ったんだ。
その銃が今俺の懐の中に入っている。
俺は現金輸送車を襲う前に、このいつもの食堂にやってきた。
俺は今まで犯罪を犯したことがない――小さい犯罪、例えば駐車違反などを除けば、俺は大した犯罪を犯したことがない。
現金輸送車を襲うのはさすがに緊張する。もし失敗したらどうしようとか、刑務所送りになったらどうするんだという弱気な心と、どうせこのまま生きていてもしょうがない、一か八か勝負をかけるんだという強気な心が、心の中でせめぎ合っている。
だから、俺はいつものように行動することにした。
いつものように、いつもの食堂に入り、いつものカツカレーを食べる。
たぶん、そうすれば俺の心も落ち着くだろう。
いつもと違うことをしようとしているから、今の俺の心は乱れているんだ。
その心を落ち着かせるためのカツカレーライスだ。
別にお腹が空いて食べるために来たわけではない。儀式のようなものだ。
原住民が大事なこと、たとえば狩りとか漁の成功を祈って行う儀式のようなことを俺はやろうとしている。
そんなことは気休めだとは分かっているが、何もしないで銀行輸送車を襲うような危険な真似は俺には出来ない。
俺は真面目で小心な男だからな。
だから、今までパッとしない人生を送ってきた。
今回の出来事でそれが180度変わる。
これは俺にとっての最後の儀式でもあるんだ。
俺が考えにふけっていると店員がカツカレーライスを持ってやってきた。
そしてテーブルの上に置いた。
おれはいつものようにスプーンを持ってそれを食べようとした――食べようとしたが――俺が持っているのはスプーンじゃなくて、フォークだ。
そして目の前にはカルボナーラスパゲティが置いてある。
「あの、すみません」
立ち去ろうとする店員に俺は間違ったものがテーブルの上にあることを言う。
店員は謝り、すぐにカツカレーライスを持ってきますと言って厨房に戻っていった。
俺のテーブルの上にはカルボナーラスパゲティな乗ったままだ。
店員が立ち去る前に「間違えたお詫びにそれを食べていてください。すぐにカツカレーライスを持ってきますので」と言ったので、テーブルの上にはカルボナーラスパゲティが乗っている。
俺はカルボナーラスパゲティが大好きだ。
いつもなら運がよいと思ってカルボナーラスパゲティを食べていたことだろう。
しかし今日は食事に来たわけではない。
銀行輸送車を襲う前の心を落ち着かせる儀式のためにやってきたんだ。
今はとても食べる気にはなれない。それが俺の大好きなカルボナーラスパゲティでもだ。
店員が厨房から出てくる。
「すみません。お待たせしました」
店員がカツカレーライスをテーブルの上に置く。
俺はいつものようにスプーンを持ってそれを食べようとするが、俺の手に持っているのはスプーンではなくて――このやろう、箸だった。
俺のテーブルの上にあるのはカツカレーライスではなくて、カツ丼だった。
「あの、ちょっと」
立ち去ろうとする店員に俺はまた声をかける。
戻ってきた店員が俺のテーブルの上に置いてあるカツ丼を見て驚く。
「すみません、間違えました。すぐにカツカレーライスを持ってきます」
そういって店員が厨房の奥に戻っていく。
俺のテーブルの上にはカルボナーラスパゲティとカツ丼が乗っている。
店員が厨房に戻る前に「間違えたお詫びにそのカツ丼はサービスします」と言って置いていったから、俺のテーブルの上にはカルボナーラスパゲティとカツ丼が乗っている。
俺と店員のやりとりを見て、他の客が俺の方を見てくすくす笑っている。
男女の若いカップルや子供連れの親子、そして年寄の夫婦にまで俺は笑われてしまった。
俺はため息をつく。
今度だ、もし今度間違えやがったら――そこまで考えて、俺は思い直した。
いくら何でも、もう注文を間違えるということはないだろう。
あの店員はいつも俺がこの店に来ている時に俺がカツカレーライスを頼んだ後に、それをいつも持ってくるあいつだから。
なぜ、そのあいつが今日に限って2回も同じ間違いをしたのか? それを考えると不思議で仕方がない。
しかし、今はそれを考えるのはやめよう。
おれはこれから現金輸送車を襲おうとしているのだ。
いつもと違うことをしようとしている俺に、いつもと違うことが起きている。
もしかしたら、天の上にいる神様が俺に銀行輸送車を襲うのはやめろ、そう忠告しているのかもしれない。
しかし、俺はもう決めたんだ。
例え、神が邪魔をしようが俺は銀行輸送者を襲う。それはもう誰にも止められない。相手が神でもだ。
まあ、そもそも神なんていないんだから、そんなものを気にしても仕方がない。
犯罪を犯そうとしているので、俺も神経質になっているのかもしれない。
俺は落ち着こうとして辺りを見回してみた。
周りの客たちがさっきの出来事のせいで、まだ俺の方をチラチラ見ながらクスクス笑っている。
テレビからのニュースは不景気で雇用率が低下しているだとか、そのせいで自殺者が増えていると言っている。
天井の照明は古くなったのか、チカチカ光って見ているとイライラする。
壁を見るとビルの老朽化のせいか、ひび割れなどがあった。
何か周りを見ていると心が落ち込んでいらいらして、あまりいい気分じゃなくなってくる。
早くかつカレーライスを食べて店を出よう。
そして現金輸送車を襲って、そのカネで俺は人生をやり直すことが出来るんだ。
そうすれば、今までの俺の暗い人生も一転、明るいものに変わるはずだ。
そうだよ。
人生の今が悪くたって、人生なんかこの先いいことなんかたくさんあるんだ。
そのためには、まずカツカレーライスを食べなくちゃいけない。
それが、俺の人生を新しく進めるために必要なんだ。
店員が店の奥からカツカレーライスを持ってきて、俺のテーブルに置く。
俺はスプーンを持って――スプーンを持って――今度はちゃんとスプーンだチョコレートパフェを口に運ぶ――わけがない。
一体どうなっているんだ。
何でだ、何で、今日に限ってこんなことばかり起きるんだ。
今日は俺にとって大事な日なのにこんな扱いはあまりにひどい。
俺のテーブルの上に運ばれたチョコレートパフェを見て、他の客たちもクスクス笑い出す。
俺の中で何かが壊れた。
もういい。
もうたくさんだ。
もう、現金輸送車なんかどうでもいい。
現金輸送車はどうでもいいが、あいつを許すことは出来ない。
俺が立ち上がる。
「おい、お前」
店員が俺の方を振り返る。
俺のテーブルの上に置いてあるのがチョコレートパフェであるのに気が付き、アチャーという顔をする。
ふざけた奴だ。
持ってくる前に分かることじゃないか、持ってくるのがカツカレーライスじゃなくてチョコレートパフェだというのが。
こいつは絶対にわざとやっている。
あのわざとらしい驚いた顔が良い証拠だ。
「すぐにカツカレーライスを持ってきます。そのチョコレートパフェはお詫びにサービスしますので……」
俺はチョコレートパフェもカツ丼もカルボナーラスパゲティも大好きだ。 しかし、人には許せないことがある。
それはおちょくられたら我慢できないということだ。
俺は厨房の奥に戻ろうとする店員に向かっていう。
「おい、待てよ」
店員が振り返る。
「持ってこなくてもいい。もうカツカレーライスはいらないんだ」
不思議そうな顔をして店員が俺の顔を見る。
お前はバカなんだから不思議そうな顔をずっとしていろ。
俺がそうさせてやる。
「お前にはお礼にこれをやるよ」
俺は懐から銃を取り出した。
そして銃を店員に向ける。
その時天井の照明がバチッと音がして切れた。
古くなっていたので、照明が切れたのだろう。
ビルの地下にあるその食堂は真っ暗になった。
驚く俺。
何だ、これじゃあ奴に銃弾をお見舞いすることが出来ない。
何でだ、何で、俺がやろうとすることが、さっきから邪魔ばかりされるんだ。
やはり俺が悪いことをしようとしているから、天の上の神様が止めさせようとしてこんなことをしているのか。
その時店の奥の方から明るい光がこっちに向かってやってくる。
店の奥にいた店員が懐中電灯を持ってやってきたのか?
いや、違う。
あの光は懐中電灯ではない。
真っ赤に燃えるあの炎は――
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