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勝つ
それから数日、毎朝靴箱の上に置かれた2つのおにぎりを持って練習に出かけた。
母さんとはあの日の喧嘩から一言も口をきいていない。
おにぎりの具は相変わらずチョコレートとかりんごとかバナナとか意地の悪いものばかりだった。
特に生クリームがどろどろになって入っていたときは吐き気がした。
けれど、これ以上文句をつけて命綱のおにぎりすら切られてしまえば一環の終わりだ。
だから、僕は母さんに何も言えなかった。
それに、日に日に辛くなる練習もあのおにぎりを食べるとなんだか吹っ切れてくる。
ましてや負けてたまるか、と思える。
そしてとうとうやって来た引退試合の朝。
鬼のツノみたいに並べられたおにぎりを携えて最後の戦いにむかう。
僕らの試合は午後から。
僕は今日まで外されることなく、レギュラーとして最後の試合に出ることができる。
ホッとしている反面、辛かった部活生活も今日が最後だと思うと名残惜しい気もした。
僕らのチームは弱小だけれど、毎日鬼畜コーチという共通の敵にむかってきたおかげで絆はどんなチームにも負けず劣らない自信があった。
最後の試合、みんなで勝ってあの鬼畜コーチをギャフンと言わせてやりたかった。
試合会場にはいつもより見に来ている保護者が多い。
僕らよりも早く会場に着いて特等席を陣取ってるおばさんもいる。
そのうちの一人はうちのチームのキャプテンの母親だ。
たびたび試合会場で見かけたことがあるが、今日は特に気合が入っているのが顔つきだけで十分分かった。
うちの母さんはスーパーのパートで試合は見にこない。
まあ来られても気恥ずかしくて困るのだけれど。
僕らは初戦の相手チームの試合を様子見することにした。
見て、数秒、嫌な汗が全身から吹き出てきた。
それは僕一人じゃなかったようだ。
周りのメンバーの顔もどんどんと曇っていき、さっきまでワイワイと話していたのに徐々に口数は減っていった。
結局、僕らはその試合を最後まで見ずにアップをすることになったが、結果はみんななんとなく感づいていたと思う。
そんな重い空気の中昼ごはんの時間、いつもの笑い声はない。
僕は、キャプテンでもなければムードメーカーでもない。
けれど、この空気をなんとかしなければ、という使命感が僕の中でぐんぐんと大きくなっていた。
僕が今できることといえば、へんてこおにぎりを不味がって大慌てする馬鹿なリアクションでも見せて、みんなを少しでも笑わせることだ。
いつも不味そうにおにぎりを頬張る僕を大笑いしていたやつらも今日は静かにどこか、ぼーっとした様子だった。
下を向いてただ黙々と食べているやつもいた。
僕はこれ以上開かないくらい大きな口でおにぎりにかじりついた。
さて今日はどんな不味い具が入ってるんだ! と思ったのもつかの間。
「うまい」
僕の一言に下を向いてたやつも顔を上げた。
「なに、なにがはいってたん?」
黒いのりにくるまれた白い米から茶色い衣が顔を覗かせていた。
「カツや、、、」
僕はそのまま呆然としてしまった。
ただおにぎりにとんかつが入っていただけなのに、泣きそうになってしまった。
心の中で絡まっていた糸がきれいに解けたみたいに、握られていた心をいきなりパッと離されたみたいに、心がじわっと暖かくなった。
「お前の母ちゃん粋なことするやん! 」
「ええ母ちゃんもったなー! 」
「いや、やることが昭和くさいわ! 」と笑って涙を目の奥に押し込んだ。
久しぶりにみんなの笑い声が聞こえた。
勝てなさそう、勝ちたい、勝てそう、じゃなくて勝つ。
2つのおにぎりをお腹に詰め込んだらお腹の底から元気が出てきて勝つような予感がしてきた。
そしたら叫びたくなって恥ずかしげも忘れて、思いっ切り「勝つぞー! 」と叫んだ。
すると今度はみんなの「おー! 」という叫び声が響き渡った。
母さん、僕の思春期と青春はもう少し続くみたいです。
どうか鬼みたいに怒らないでお付き合いください。
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