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甘み
「マジ鬼畜すぎ! あの野郎! 」
「それな! 今日もなんか機嫌悪いし! 」
「下手くそ! って怒鳴るならどうすればいいか教えろや! 」
「ほんまに! てか、あの鬼畜野郎がプレーしてるとこ見たことある? 」
「そーいやないな」
「ほんまはド下手なんちゃう! 」
僕らの輪の中心からワッと笑い声が吹き出した。
鬼畜野郎こと僕らサッカー部のコーチが唯一いなくなる昼休憩になるとみんなの話題はいつも変わらず練習の愚痴だ。
今日もコーチの機嫌は最悪だ。
それと同時に、僕の調子も最悪だった。
みんなよりも増して朝からずっと罵声を浴びられっぱなしの僕は、みんなの冗談を小耳にはさみながら必死に笑顔を作っていた。
せっかくレギュラーになれたのにこのままじゃ引退試合のメンバーに選んでもらえない。
最後の最後に逆戻りだ。
もう練習なんてしたくなかった。
一生この昼休みが終わらなければいい。
僕は、頭の中で叶えられもしない願いを唱えながら、かばんから2つのおにぎりを取り出しラップをむいて、ひとくち食べた。
噛めば噛むほど、白米の甘みが口の中で広がった。
そして程よい塩加減がほんとうにおいしかった。
お弁当を食べているときはひとつも思ったことなかったけれど、僕は母さんの作るおにぎりに安心感を感じた。
僕はそのとき、なんとなく母さんと話したくなってしまった。
「そんなんでへこたれてたあかん! 」
「母さんの息子やんねんから絶対大丈夫や! 」
ってなんの根拠もない理由で喝を入れてほしかった。
そして僕はまたおにぎりを黙々と食べる。
「おえ!なにこれ!」
驚いた。
自分でも言葉に出すつもりはなかったが思わず声になってしまった。
みんなの視線が僕に集中する。
「どうしてん、リョウキ」
「毒でも盛られたか! 」
みんなが笑っている。
けれど、僕は驚きのあまりそれどころじゃない。
僕はみんなの方におにぎりのかじられた断片を見せて、「これ! 」と叫んだ。
「え、おかかちゃうん?」
「ほんまや、おかかやん」
「それがどうしたん」
「ちゃう!ぜんぜんちゃう!匂うてみ!」
僕は必死に抗議した。
すると、隣にいた部活仲間がおにぎりに顔を近づけてスーッと空気を吸った。
「うわ! これあれや! チョコや! チョコレート! 」
そいつがそう叫んで大笑いするとみんなも笑って爆笑の渦ができた。
僕は、やっと自分の口いっぱいに広がるお米じゃない、いやーな甘さの正体を掴んだところだった。
「母さん。やりおったな」
僕は渦のかき消されるくらいの小さな声でそうつぶやいた。母さんのしてやったり顔が目に浮かんだ。
母さんはやっぱり鬼だった。
そうしたら、なんだかものすごく腹が立ってきた。
息子がしんどい思いをしているというのに、こんな小学生じみた悪あがきをして恥ずかしくないのか! と。
さっきまでは今にも折れそうだった心がメラメラと怒りで燃え上がった。
へこたれていた自分が馬鹿みたいになってきて、その炎は僕のやる気にも火をつけた。
「おーい!お前らちんたらちんたら、いつまで飯くっとんねん!」
コーチの怒鳴り声が遠くからでもハッキリと響いた。
「はい!」
慌ててチョコレート入りのおにぎりを口の中に詰めこんだ。
まずかった。
けれど、そのまずさに比例して僕のレギュラーからはずされてたまるか! という意気込みは大きくなった。
レギュラーから外されたら絶対母さんに見下される。バカにされる。そんなの絶対嫌だ。
その決意を胸に午後の練習にむかった。
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